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 月曜日。登校すると、教室内、特に女子が騒然としていた。  何事かと思っていると、前の席の山崎が教えてくれた。 「三船が右手の薬指に指輪してたんだって」 「えっ……?」  思わず素のリアクションが出てしまった。  何事もなかったかのように、いつもどおりの表情に戻す。 「婚約したんじゃないかって、女子が大騒ぎしてる」  自衛、なるほど。  隣の女子3人組が嘆いている。 「意外だよねー。彼女いたんだってのはまあしょうがないけど、盛大にノロケるタイプとは思わなかった」 「たしかに。男が職場にわざわざはめてくるって、なかなかだよ」  山崎は、そんな女子たちを眺めながら、ニヘラと笑った。 「婚約者につけてくように言われたんじゃねえの? JKに牽制(けんせい)みたいな」 「いい大人がそんなことする?」  俺が眉間にしわを寄せて聞くも、山崎はのらりくらりと答える。 「リアルに結婚すんなら焦るんじゃね? 知らねーけど」  その牽制をしたのはあき本人なんだけど、こんな朝っぱらから他学年にまで噂が飛んできてるのだから、自衛策は大成功ということになる。 「凛かわいそう。なんか言ってた?」 「まだ会ってないけど、精神ヤバそう」 「あの子、言わないと後悔するからとか言って、玉砕覚悟で告るタイプなんだよね」 「えー。卒業までにあきらめるか別の好きなひとできるといいね。かわいそうで見てらんない」  玉砕覚悟……女子は怖いなと思った。  探す、というほどでもないけど、あきの姿が見られればいいなと思って、キョロキョロしながら教室を移動していた。  家庭科室は2階なので、可能性は十分ある。  単に、指輪がどんなものなのか遠巻きに見てみたい感じもしたし、なんというか、スーツ姿にあの指輪がはまっているのを想像したら、すごくかっこいいだろうなと思って、見てみたかった。  女子がざわつく。  振り返るとやっぱり、三船先生がいた。  教科書、バインダー、タブレットPCを重ねて持っていて、影になっていてよくは見えないけど、たしかに指輪があった。  なんというか、想像と違って、セクシーだ。  俺のことを優しく触る手に、キラッとしたものがはまっている。  はめているのは、俺のため。  他の女子に、『僕は深澄のものですよ』って主張していてくれる。  俺の裸のあちこちをなでる、優しい手つきを思い出した。  誰にも見せないところまで愛でるように触って、体全体を包んでぎゅっと抱きしめてくれる、大きな手。  学校でこんなことを思い出してしまうなんて、指輪というのは、罪なシロモノなのかもしれない。  と、そのとき。女子2人が駆け寄った。  まさか、聞くのだろうか。 「あー、三船先生指輪してるー!」  ……チャレンジャーすぎる。  まさか、ド直球で聞くひとがいると思わなかった。  なんと答えるのかドギマギしていると、三船先生は困ったように笑った。 「外してくるの忘れちゃって」 「え!?」  女子が、悲鳴のようにびっくりする。 「普段、学校にはしてこないことにしてるんだけどね。あはは」  あき、策士すぎる。  実は彼女はずっといた。  そして、これ見よがしにつけてきたわけでも、ノロケるつもりだったわけでもなく、外し忘れただけ。  言い訳まで含めて完成する、完璧な自衛策だ。 「えー、彼女さんと仲良いんですかー?」 「内緒。ほら、もうすぐチャイム鳴るよ」 「あー! ごまかしたー!」  女子の食いつき方がすごいけど、これ以上聞くことはないので、俺はさっさと家庭科室に入った。  頬杖をつきながら、ニヤニヤしそうになるのを噛み殺す。  廊下にいた他の生徒たちも聞き耳を立てていたから、放課後までには、学校中に噂が回っているだろう。  そしてたぶんあきは、あしたからはつけてこない。  三船先生狙いの女の先生、残念がってるだろうなあ。  たとえば、いま前の扉から入ってきた、家庭科の先生とか。  予備校からの帰りの電車。あきにメッセージを送る。 [朝から大騒動だったよ。一瞬でこっちにまで噂が来るんだもん、すごいね]  あきも家に帰っていたらしい。すぐにメッセージが来た。 [10回以上聞かれたかな。みんなよく見てるものだね。途中から恥ずかしくなっちゃった。君にも見られちゃったし] [スーツに指輪、かっこよかったけど]  やや間が開いたあと、ぷかっとふきだしが出た。 [要る?]  あきがしていた指輪。俺のために自作自演までしてくれたもの。  欲しくてたまらなかったけど、こう返事をした。 [3月にもらう]  家に疑われるようなものを置いておくのは、良くない。  母親が勝手に掃除を始めて出てきたりして、うまく言い逃れできるかどうか。  そういうリスクを考えると、もらわない方がいい気がした。  それに。 [もらうのを目標に頑張ります]  卒業式を心待ちに勉強に励むのも、悪くないと思う。 <3章 指輪 終>

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