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 お目当てのラーメンを食べて、さっぱり別れて予備校にやってきた。  いつもの自習室へ向かいながら、『ついさっきまで好きなひとと裸で抱き合ってた』という非日常との差を感じて、やっぱりちょっとうしろめたく思った。  誰も知らない。まじめな成瀬が、さっきまでエッチしてたなんて。 「おつかれー」  自販機の前で会ったのは、重田。 「あれ? きょう土曜だよ?」 「1コマ増やした」  重田は自分のことを『平日に詰め込んで土日はエンジョイする、メリハリのあるタイプ』と自称していた。 「英語の長文読解がどうしても自信なくて」 「そっかー」  3年になって、周りの本気度がどんどん上がっていくのが分かる。  学区で1番上の進学校なので、みんな当然のように予備校に通って、ハイレベル大学に進む。  置いて行かれないようになんていうのは、当たり前。  成績が伸びないと周りに指摘されるし、あきだって『学業に支障が出るなら別れよう』とかさらっと言い出しそうだから、困る。 「あーあ。もう咲良(さくら)が超不機嫌でさ。あいつ志望校変えて、楽勝なんだよ。で、俺にはいままで通りのデートの頻度保てって。無理に決まってんじゃん」  咲良ちゃんは重田の彼女で、1年のときから付き合っている。  サッカー部のマネージャーで、アイドルグループにいそうなくらい可愛い。 「お前、どうなの? 好きなやつとかいんの?」 「いないよ。いたとしても、この時期から彼女作るとか無謀でしかないし」 「あれは? 前言ってたなんだっけ……あ、保坂さん」 「あー、なんか彼氏できたって噂で聞いた」 「ご愁傷様」  2年のときちょっといいなと思っていたクラスメイトだけど、本気で忘れていた。  それに、心底どうでもいい。  実りのない会話をしながら、あきに会いたいなーと思った。それか自習。  俺には時間が足りない。  授業終わり、スマホを開いたけど、あきからメッセージは来ていなかった。  予備校に居ると知ってるんだから、当たり前だ。  カメラロールを開く。  昼間に撮った、初めてのあきとのツーショット。  と言っても、ななめ上から撮ったそれは大変微妙にふたりの間が空いていて、あきは目から上しか枠に入っていないし、俺は手の甲で鼻から下を思い切り隠している。 ツーショットと言えるのか分からないけど、まあそれでも、思い出がデータで手元に残っていることが大事だ。  じっと見ていると、横から声をかけられた。 「なーにみてるのっ?」 「うわ!」  同じコマをとっている、長沢さんだ。  女子であることを最強の武器にして生きてる感じで……まあ要するに、苦手なタイプのひと。  でもまあ、俺みたいなガリ勉にもフランクに話してくるあたり、親切な子なんだろうなとは思う。 「彼女?」 「いないよ」 「でもなんか見てる目が恋してた」 「何それ」  女の子は目ざといから困る。  でも、見せて見せてと騒いだりはしてこないから、助かった。 「受験生って、色々窮屈だよねー。でもその分、終わったら何しようとか考えてるから、全然楽しくないってわけでもないけど」 「確かにね」 「あたし、卒業式に好きなひとに告るんだー」  長沢さんは、ニヤニヤしながらこちらを見た。 「すごいニブくて、あたしから言わないと絶対気づいてくれない。志望校も、やーっとおととい教えてくれたとこ。そしたら、偏差値かなり高くてさ。急いで手続きしてあしたテキストが届くんだけど、相当勉強しないとやばい」  おととい教えてくれた……?  俺、おととい、長沢さんに志望校教えたよな? 「どこに変えたの?」 「え? 内緒。バレちゃうじゃん。でもこの予備校のひとじゃないよ」  ほっとしたのが半分、何うぬぼれてんだと自分を殴りたい気持ちが半分。 「そろそろ帰るね」 「うん、バイバーイ」  長沢さんは、手を振りながらもこちらは見ておらず、かばんからスマホを探っていた。  外はすっかり暗くなっていた。  ガラスには自分の全身がはっきり映っていて、やっぱりどこからどう見ても、ただのまじめな高校生だった。  女子が卒業式を待ち望むような顔でも人間性でもないし、ほんと、あきは変わってる。  俺のことを可愛いと言って、なでたりキスしたりするのだから。  うちの学年は女子が100人くらいのはずだけど、一体何人が、卒業式に三船先生に告白する夢を支えに勉強しているのだろうか。  きのうの授業で増えただろうな、と思う。  女の先生の中にも、三船先生狙いがいる気がする。  28歳なんて、いまから付き合って何年後かに結婚するのにちょうど良さそう。  毎日一緒に仕事してたら、絶対ときめく。  あきのことだから、それでどうこうするわけがないんだけど、ただ生きてるだけで優しいから、勘違いして脈があるなんて思う先生もいるんじゃないか。 「あー……」  小さくつぶやいたところで、ポケットのスマホが震えた。  メッセージは、あきから。 [おつかれさま]  写真がついていて、見ると、なんの飾りもついていないシルバーの指輪。  また、メッセージが来る。 [自衛策を買いました] [なにそれ] [君に勘違いされたら困るので、先に申告しておきました。おやすみなさい] 「自衛……?」  あきからのメッセージは、俺の名前が出てこない。その代わり『君』と呼ばれる。  たまに送信取り消しになってる時があって、間違って深澄って書いちゃったんだろうなと思うと、ちょっと可愛いなと思う。  あきは、成瀬深澄の端末内表示を『みー』に変えているらしい。  それはそれで可愛い。  ちなみに俺も、Akihito Mifune のままでは困るので、『あき』にしている。  連絡先一覧に、不自然はない。  トーク履歴はすぐに消す。

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