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 裸で抱き合ったまま、ちょっと寝た。  気持ち良くて、ずっとこうだったらいいのにと思っていたらいつの間にか眠っていて、起きたら、カーテンの向こうは冬晴れだった。  7:30。あきが顔をのぞきこんでくる。 「深澄、時間大丈夫なの?」 「うん。自習室が開くのが8:00なだけだから。授業自体は10:30から。ギリギリまでいる。いいでしょ、1日くらい朝勉サボっても」 「うーん」  横顔を見て笑ってしまった。  大人の三船先生と、甘えたのあきが戦っているらしい。 「入試の日に、『あの日の朝サボらなければ良かった』って、後悔しない?」 「しない。むしろ、いま無理して予備校行ったら、あとで絶対後悔する」 「そっか。分かった」  ニコニコして、頭をなでてくれた。 「今後はどういうスケジュールになってるの?」 「試験が2月15日、結果が23日。滑り止めは受けないことにした。志望校に落ちて別の学校に行くとか考えられないし」  滑り止めは受けない・落ちたら浪人したいと言ったら、当たり前だけど、母親はめちゃくちゃ怒った。  父親も交えて3日話し合って、浪人するなら予備校費用を就職後に返すということで折れてくれた。 「いよいよだね」 「うん。頑張る。きょうで思いっきり充電したから」  表情だけでねだると、「可愛い」と言ってキスしてくれた。 「俺、ひとを好きになるのがこんな感じって知らなかった。勇気が出るとか」 「勇気?」 「そう。自分を信じて勉強してはいるけど、やっぱり不安になるし。好きなひとがいると違うんだなって」  あきは、キョトンとして小首をかしげた。 「深澄は、僕より前に好きな子はいなかったの?」 「え?」  そういえば、俺の恋愛の話なんて、聞かれたこともなかったししたこともなかった。 「うーん。ほんのりいいなとかはあったけど、全然こんな感じじゃなかった」 「じゃあ、告白されたのはあの子が初めて?」 「……根に持ってるの?」 「気になっただけ」  あきの胸のところに顔をくっつけて、表情を見られないようにする。 「中学でも1回言われたけど、付き合うって何するか分かんないし断った」 「仲良い子だったの?」 「塾が一緒だっただけ。っていうかグイグイ聞くね?」 「深澄のこと、何でも知りたいじゃない。やっぱり、頭が良いから好きって言われたの?」 「……そう。中学生の好きとかって、そんなもんでしょ。足速いとか」  と自分で言ったところで、足が速くて頭が良くて顔がかっこよくて優しい中学生だったはずの人物に抱きついているのだと気づいた。  さらに顔をぎゅうぎゅうくっつけると、あきはあははと笑った。 「僕も深澄の頭良いところ好きだよ。こんな可愛い見た目だけど、根性もあるし、いざとなったら守ってくれる。紳士だったり。でもやっぱり可愛いところが1番好きかな。まっすぐなところも好き」  見上げると、本当にうれしそうな顔をしていた。 「あきはさ、かっこいい大人って最初は思ってたけど、全然普通に俺と同じだった」 「あはは。僕は深澄と出会ってから、自分ってこんなに子供染みてたっけって思うことがよくある」  自分で言って恥ずかしくなったのか、誤魔化すようにキスしてきた。  シャワーを借りて、出てきたらトーストと紅茶が用意されていて、仲良く食べた。  こんなに幸せでバチが当たるんじゃないかと思ったけど、これだけ大嘘ついて一緒にいるんだから、神様に怒られるなら仕方がないとも思う。 「受験終わったら読んでみようかなあ、舞姫」 「習ったでしょ?」 「そのときは適当に聞いちゃったから。安村先生ごめんなさい」 「あはは。もしかしたら入試に出るかも知れないし、受験勉強も兼ねて読んだら?」 「それはだめだよ。だって、人生狂っちゃうんでしょ?」  上目遣いにのぞき込むと、あきは目をぱちぱちさせたあと、こくんとうなずいた。 「でも俺もいつか、人生狂うような作品とか出会ってみたいな。まあ、『問題解決の魔法』はそれに近いような感じだったけど。そうだ。いつか舞姫の授業してよ。あきがどんな風に衝撃的だったのか、解説してほしい」  あきは、眉尻を下げて微笑みながら、俺の頬を包んだ。 「舞姫の授業、やろうね。でも、鷗外に取られちゃうのはやだな。僕が君を狂わせる先生でいたい」 「え?」 「人生狂わせたいなら、僕にして?」  はて。  俺はもう、とっくに巻き込まれてめちゃくちゃにされて悦んでるのに、このひとはいまさら何を言っているんだろう。 <8章 追体験 終>

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