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最終話
いつの間にか眠っていたらしい。夕日が部屋に差し込んで、茜色に染まっていた。
「うわ、夕方だ……寝ちゃった。もったいない」
泣いて腫れぼったい目をごしごしこすり、起き上がると、穏やかな顔のあきが微笑んでいた。
「思い出すよね。初めて話した日。夕焼けで、教室が真っ赤だった」
しみじみとつぶやきながら、俺の頬をつつく。
「それで、泣いてた」
「それは……ちょっと違うじゃんか」
テストの点が取れなくて泣いてたのと、繋がれてうれしくて泣いてたのを、一緒にされちゃ困る。
でもあきは、ふふっと笑って言った。
「実は、深澄が泣くのを見ると、いつもあの時のことを思い出して、切なくなるんだよね。卒業式の退場の時、僕、危なかったんだよ。危うくもらい泣きするところだった」
担任の男泣きなら分かるけど、他学年の若い男の先生が急に泣き出したら、周りは何事かと思うだろう。
「深澄はここを飛び立って、自分の力で生きていくんだなって思ったら、感極まっちゃって。それで見たら、本人は可愛く泣いちゃってるし」
「合唱曲歌ってたら、あきと色んなところへ行ったこととか、学校ですれ違ったこととか、色々思い出した」
あきは眉尻を下げて、ぎゅーっと抱きしめてきた。
「これからもたくさん思い出作ろうね」
優しい声で言われて、心臓がドキドキする。
「あ、そうだ。ちょっと待っててね」
おでこにちょんとキスをすると、あきは立ち上がって、引き出しから何かを取り出した。
そして、スマホを持って、こちらへ戻ってくる。
楽しそうな表情。
「深澄、これあげる」
手渡されたのは、家の鍵。
「えっ? いいの? でも使う場面ないかも。勝手に入るの悪いし」
目を丸くしていると、あきはふふっと笑った。
「平日の夜にちょっとエッチしたいな、なんてときに使って? 僕が帰るまでに準備万端でいてね」
ぶわっと耳まで熱くなった。
本気で言ってるのか、ちょっとイタズラで言ってるだけなのか。いや、本気っぽい。
「それから、写真撮らない? ツーショット、ちゃんと顔が写ってるの」
言いながらスマホのロックを開くので、慌てて止める。
「待って待って、服だけ着させて。記念すべき1枚目が明らかに事後じゃ、話がおかしくなっちゃうでしょ」
「あはは、それはそうだね。ごめんごめん」
服を着て、リビングに移動する。
本当は頬をくっつけた写真が撮りたかったのだけど、そういうのはもうちょっと先にして、まずはほんとに、ただの記念撮影。
「コンセプトは、『更紗が嫉妬に荒れ狂う』ね」
「なあに? それ」
「きのうの夜、あした先生の家に行くって言ったら、一緒に行きたいって飛びかかられてさ。母親に怒られて終わったけど」
あきは、あははと笑いながら、ローテーブルの上にスマホをセットした。
「深澄、ソファに座って。タイマーで撮ろう」
俺が座ると、あきは画面をタップした。
10、9、……と、大きな数字が表示されて、あきはちょこちょこと小走りにソファの後ろに回った。
背もたれのところに両腕を組んで、その上に顔を乗せる。
なるほど、顔は近いけど仲良くなりすぎない。
どんな顔をしてたらいいんだと悩んでいるうちに、バーストのシャッター音が鳴って……たぶん、すっごく間抜けな表情だったと思う。
あきは楽しそうにローテーブルの上のスマホを取り、そのまま俺の隣に座った。
完全に真顔の俺と、ちょっと笑っちゃってるあき。
「ちょっと親しすぎ? ご家族が見ても、変じゃないかな」
「親は別に見ないし、更紗はどうせ、なんで先生のアップを撮らなかったんだってポカポカ殴ってくるだけだから、なんでもいいよ」
あきは、じっと俺の目を見た。
「僕、深澄の恋人になれる?」
不思議な質問。一瞬なんのことだか分からなかったけど、目を見たら、何を言いたいのかが分かった。
「それは、対外的にってこと? だよね?」
あきはこくりとうなずいた。
「僕は自分の家族にも友達にも、ちゃんと深澄を恋人だって紹介したいと思ってる。けど、無理強いはしない。いますぐにというわけでもないし、特定の誰かにだけ伝えるとかでも、何でもよくて。でも、深澄が言いたくなかったら、僕も誰にも言わない」
もう、嘘を重ねるのは疲れたな、と思った。
「言うよ。みんなに。あ、ゴールデンウィークにまた無人島行こう。そしたらその後、家族に言う。卒業から2ヶ月開けばセーフでしょ? それに、お付き合い1周年でちゃんと本当の恋人になるって、なんか感慨深そう」
ただ懐いてる元先生ってだけじゃ、気軽に泊まったり頻繁に遊べないし。
理解してもらえるかなって不安は少しあるけど、あきは誠実だから、たぶん大丈夫だと思う。
「周りの友達に言ったら、腰抜かしてびっくりしそう。架空の彼女さんと別れたって言っといてくれたの、大正解だ。ありがとう」
頭を下げると、あきは俺の両肩に手を置いて、にこっと微笑んだ。
「再来月、もう1回告白させてください。でも、とりあえずいま、大好き。深澄、大好きだよ」
やわらかく口づけられて、幸せすぎて、たまらなかった。
一生このひとのそばで、こうしていられるなんて。
<完>
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