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第1話 出会い①

1   出会い  松浜クラウンホテルの一番広い大宴会場ではいま入社式が行われている。  会場の真ん中には豪華なシャンデリアが吊り下がり、社長の長浜がいままさに長い祝辞を述べているところだ。その祝辞もかれこれ十五分を超えただろうか。  神妙な面持ちでその話に聞き入るフレッシュな顔ぶれもあれば、退屈さに欠伸を噛み殺している顔ぶれもある。暁人(あきひと)も初めのうちは新鮮な気持ちでその祝辞を聞いていたが、いまだ終わることのない祝辞に腕時計を見てから小さく息を吐いた。 「新社長、話長げぇ……」  隣でぼそっと呟いたのは自分とさほど年の変わらない青年。一瞬自分の心の声が無意識に口から出てしまったのかと思うほど絶妙なタイミングで発せられたその言葉に、暁人がちらと横目で視線を送ると、それに気づいた青年が人懐っこい笑顔を見せながらはにかんだ。  暁人が入社式に出席するのはこれが二度目。  高校を卒業後工業系の大学を出て、初めての就職をしたのが二十二歳のとき。地元では大手と言われている自動車メーカーの下請けの部品会社に勤めていたが、昨年の夏に訳あって退職。この春、再就職が決まり、今日がその入社式というわけだ。  松浜クラウンホテルは、利便性の良い駅近にあるシティーホテルであったが、経営不振に陥り二年ほどまえに一度閉館している。古くからこの町にあるホテルだったため、閉館を惜しむ市民の声も多く、そんな声を受け新たにホテルを買い取り、再建を担うことになった現社長が老朽化の進んだ建物を改装し、来月半ばに装いも新たにリニューアルオープンする運びとなった。  会場にはおよそ二百人の社員。  その半数以上が、閉館前から勤めていた社員で、残りがこの春の新卒や他業種からの再就職組で構成される。今日の入社式には以前からの社員も出席している。  社長の長い祝辞が済むと、代わって総支配人が話を始めた。  また、長い話が続くのかと半ばうんざりし始めたところ、会場内に大きく響き渡る盛大なくしゃみで場の空気を変えたのは集まった大勢の社員の一人だった。 「葉山(はやま)くん。元気なのはいいが、くしゃみはもう少し控えめに頼むよ」と苦笑いをした総支配人に「すいませんでしたぁ」と返した社員のやり取り一つで、静粛な場の空気が少し和んだ。総支配人が名指しで注意したくらいだ。くしゃみの男はきっと閉館前からの社員なのだろう。 「はは。さすが葉山さん、ウケる……」  隣の青年がまた呟いた。きっとこの男も閉館前からのスタッフなのだろう。再び目が合った青年が眉を上げたのに対し、暁人はさりげなく目を伏せた。  ここで笑顔の一つも返せていれば、もう少し人と上手くやれるのかもしれないが、暁人は昔からそういったことがあまり得意ではない。  人と関わり合うことは面倒だ。人間関係なんて希薄なくらいが快適だと暁人は思っている。

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