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第2話 出会い②
入社式を終えるとすぐに、早速辞令交付があった。
各セクション順に該当者が名前を呼ばれていき、暁人が名前を呼ばれた配属先は料飲宴会課であった。
料飲部──か。そう心の中で呟いたとき、隣の青年が暁人の肩を軽く叩き白い歯を見せた。
「部署、一緒だったね」
「え?」
「きみ料飲だろ? いま名前呼ばれてたじゃん。俺も、同じ料飲」
暁人は自分の名前を聞き逃さないことに精一杯で、隣の青年のことにまるで注意が回っていなかった。
「見ない顔だな。新人?」
「あ──はい」
「このあと移動って言ってただろ? せっかくだし一緒に行かね?」
「あ、はい。助かります」
このあと各セクション指定された宴会場へ移動する指示が出ていたが、入社式の前に手渡された資料に載っている館内見取り図を見ても、正直辿り着けるか不安であった暁人にとって救いの一声だった。
慌てて荷物を手に立ち上がると「こっち」とその青年が暁人を先導した。以前からのスタッフならば館内にも詳しいだろう、と暁人は青年の後を追った。
「あ、俺、竹内 。竹内元喜 。きみは? 新卒? にしちゃ随分落ち着いてる気もするけど……」
振り返りながら竹内が訊ねた。
入社式のときはちらりと横顔を見た程度だったが、こうして改めて見ると健康的な浅黒い肌に短い黒髪が似合ういかにも体育会系といった雰囲気の青年だ。
「柴嵜 です。転職組で、今年二十六です」
「あ、そうなんだ? どうりで! 俺のほうが一つ上だわ。よろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
そんな会話をしているうちに、あっという間に移動先であるパールの間に着いていた。
宴会場の扉を開けると、そこには既に同じ料飲課のスタッフと思われる人々が大勢集まっていた。
会場の一番奥にホワイトボードが設置され、長テーブルと椅子がいくつも用意されている。ホワイトボードから一番近い場所に管理職と思われる社員がマイクを手に立っていて、他の者は既に席に着いている。
特に席の指定はないようで、暁人は竹内に促されるまま共に空いていた会場のちょうど真ん中辺りの席に着いた。席には資料が用意されていて、暁人はその資料を手に取り早速頁を捲った。
「えー、では。ほぼ揃ったようなので始めたいと思います」
先程マイクを持って前に立っていた男が姿勢を正して挨拶をし、部長、課長、など管理職クラスの人間を紹介したのち、ホテルの組織図についての説明を始めた。
ホテル業務は大きく分類して宿泊部、料飲部、営業部、販売促進部、管理部の五つの部署から成り立っている。
その中でも料飲部は宴会・レストランなどの接客サービスを行うサービス課と、宴会・洋食・調和食・中国・製菓など調理課に大きく分類される。
サービス課の中も大きく二つに分けられ、主に宴会場で行われる挙式やパーティーのサービスを担当する宴会サービス課と、ホテル内のレストラン・バー・カフェなどで接客を担当する料飲サービス課に分けられ、暁人が配属されたのはその料飲部の宴会サービス課だ。
大まかな説明の後、研修担当者による今後の研修日程などが細かく説明された。
「あの人、うちの宴会サービスの課長の葉山さん」
隣に座る竹内が、暁人に小声で言った。
葉山──どこかで聞いた覚えのある名前だと考えていたら、竹内が少し悪戯な笑顔を浮かべながら囁いた。
「さっき、入社式で」
「ああ……くしゃみの?」
「そうそう!」
そんなやりとりが聞こえたのかどうかは定かではないが「こぉら、竹内! ちゃんと聞いとけよ」とマイクを持った葉山から注意を受けた。注意といっても厳しいものではなく、注意をした葉山もされた竹内もどこか楽しそうに笑っている。
あの人が、直属の上司か。
清潔感のある短めの黒髪に黒縁の眼鏡、背が高くかっちりとした濃紺のスーツがとてもよく似合っている。顔つきは精悍で一見厳しそうに見えるが、説明の合間に時折見せるはにかんだ笑顔はどこか親しみやすさを感じさせる。
先程の入社式でのやり取りやここでのやり取りを見た限り、社員同士の雰囲気も悪くはなさそうであることにほっとした。
暁人が以前勤めていた職場は人間関係においては殺伐としていて、決していい雰囲気の職場ではなかった。同じ「会社」という組織でも中の人間が変われば、その雰囲気も大きく変わるということか。
とはいえ、油断は禁物──。暁人は自分に言い聞かせるように小さく唇を噛んだ。
何がきっかけで、どんなふうに足元をすくわれるかは分からない。
あんな辛く惨めな思いをするのは二度と御免だ。
三年半ほど勤めた職場ではあったが、暁人はとあることがきっかけでその職場を追われることになった。
「それじゃ、柴嵜くん。また明日」
気づくと担当者による説明は終わっていて、いつの間にか皆が席を立っていた。
基本的な研修は料飲部のサービス課は宴会・料飲問わず合同で行われることになり、本格的な研修は明日からということでその日はその場で解散となった。
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