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第13話 持つべきではない感情③

 寂れたホテルのある路地を抜けて駅のある大通りに出た。ちょうど下り電車が発車したところらしく、駅の構内から大勢の人が出て来た。  駅の前を通過して、自宅へ向かって歩き出すと、そこでたまたま駅から出て来た男とぶつかった。 「痛てっ」 「あ、すみません」  同時に小さく呟いて、暁人がぶつかった男を見上げると、その男が「あ」と短い声を漏らして驚いた顔をした。 「柴──? なんだ、偶然だな。どこか行ってた帰りか?」 「はぁ……まぁ。葉山さんこそ、いま帰りですか」 「ああ。まぁな」  そう答えた葉山が、暁人の顔を見て何かに気付いたように顔をしかめた。 「柴……どうしたんだ。その顔」  そう訊かれた暁人は慌てて切れた口元を隠した。  なんでこんなときに、この人に会うんだ──。 「誰かに殴られたのか? 口の端切れてる……」  そう言って葉山がこちらに手を伸ばして、暁人の口元に触れようとしたので、暁人はさっとそれをかわした。 「なんでもないです」 「なんでもないわけあるかよ。血が……」  言い掛けた葉山が、小さく息を吐くと、暁人の腕を掴んで歩き出した。 「ちょ、何……」 「いいから着いて来い」  そう言うと葉山は目の前の青になった信号を渡り、暁人を引き摺るように歩いて行く。 「葉山さ……離してくださ、どこ行くんすか」 「俺ん家、この先すぐだから」 「はぁっ!?」  なぜ、葉山の家に行くような流れになっているのだろうか。暁人が口を挟むより早く、あっという間に葉山の住んでいるところらしい煉瓦造りのマンションに着き、腕を引かれたまま二階までの階段を駆け上がるはめになった。 「入れ。手当してやる」 「いいですよ、たいした傷じゃないし。手当くらい自分でできます」  暁人が言うと、葉山が表情を崩して暁人の額を指で弾いた。 「バァカ。警戒すんなよ。取って食ったりしないから入れ」 「べつにそんなんじゃ……」  ここまで無理矢理連れて来られて、今更かという気になり、葉山が促した部屋に足を踏み入れた。 「ちょっと散らかってるけど気にすんな」  葉山が靴を脱ぎ先に部屋に上がり、冷蔵庫を開けると中から小さな保冷剤を取り出して暁人に手渡した。確かに部屋の中に大きなゴミ袋が転がっているのがチラと見えて、散らかってるけど、と葉山が前置きするだけある部屋だなと思った。 「冷やしとけ。腫れると厄介だから。仮にも接客業でそんな顔で仕事するとかありえないからな」  そう言われて、心の中でそこまで腫れてないだろ、と毒づいたが、何か言ってここから面倒な説教になっても厄介だと思い、渡されたそれを受け取った。

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