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第12話 持つべきではない感情②
夕方には仕事を終え、暁人は一人暮らしの部屋へと帰った。
職場から電車で一駅、駅からマンションまでは徒歩十分。珍しく早い時間に仕事を終えたため、六時には家に着いた。
「暇だな……こんなに早いと」
そう呟いて、暁人はスマホを手に、時折利用しているゲイ専用の出会い系アプリを開いた。
こういう仕事柄、普段は帰宅時間が遅く、家に帰れば食事をしてひまつぶしにテレビやゲームを少しして、あとは眠りにつくだけの生活。
大学時代の友人とは社会に出てから疎遠になり、会うのは盆か正月の連休程度。以前の職場の友人たちとは、暁人がゲイだとばれてから一人残らず切れた。
登録してあるサイトから、相手を探してメッセージを送ると、返事が来るシステム。
「三十歳、バリタチかぁ……この人でいいか」
暁人が可愛らしい柴犬のアイコンの男にメッセージを送ると、ものの数分で返事が来た。
こういった場で暁人が相手を探すのは、真剣交際がしたいわけではなく、ただ身体を満たせる相手がほしいからだ。同じ性癖を持つ者同士、心を満たせる相手を探すのは至難の業だが、身体を満たす相手を探すだけなら案外容易い。
時間と場所を指定して、そこでその相手と身体を繋げる。もちろん、相手の当たりはずれはあるが、それはお互いさまと言うものだ。
***
「痛ってぇ……」
駅のすぐ近くの寂れたラブホから出てきた暁人は、痛む口の端を指で押さえた。
今夜の相手はハズレだった。可愛らしい犬のアイコンに騙され会うことを決めたが、軽いサディスティックな性癖の持ち主だった。行為の最中、一度だけ顔を殴られた。酷く痛めつけられたりはしなかったものの、手首を布で縛られ身体の自由を奪われた。拘束プレイだと思えば興奮しなくもなかったが、今夜はどちらかといえば優しく抱かれたい気分だったのに──と痛みに触れると、切れた口の端から血の味がした。
こういうことにも慣れている。後腐れない関係のほうが楽であるため、一度寝た相手とは会わないようにしている。何が起こっても、一夜だけだと思えばその相手もバカな自分も許す気になれるのだ。
誰かと付き合うなんてことは考えていない。世の中には大勢の人が溢れているが、一体この人の中にどれだけのゲイが存在する? ほんの一握りだ。同じように同性にそう言う感情を持つ人間に出会えるだけでも驚きなのに、その中で互いに好意を持てる相手に出会うことなど奇跡に近い。
初めて好きになったのは中学時代の親友だった。次に好きになったのは、高校の部活の先輩だった。
相手は普通に異性を恋愛対象とするノンケ。もちろん気持ちを伝えたこともない。伝えるわけがない。本当の自分を知られ、拒絶されるのが怖かったからだ。
誰かと深く関わるのが怖い。相手を深く知れば、心が動いてしまう。だから、ずっと一人で構わない。ただ、時々身体さえ満たされればいい。
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