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第15話 仕事と人とその距離と①

5   仕事と人とその距離と  リニューアルオープンから二カ月ほど経ち、暁人たち新人組も少しずつ仕事に慣れてきた。暁人は竹内たちと翌日のスタンバイに必要なグラスやシルバーをワゴンに積んで準備をしている。  備品を積んでアクアマリンの間に戻ると、既に会場内には円卓がバランスよく配置され、真新しいクロスが掛けられていた。 「竹内、ここ頼むな。俺、婚礼の打ち合わせ行って来る」 「了解っす」  葉山が竹内に会場のスタンバイを任せ、打ち合わせに出掛けて行った。  竹内がホワイトボードに会場の見取り図を描き、指示書を見ながら各テーブルの人数の配分をしていく。葉山が不在時、主に現場を取り仕切っているのがこの竹内だ。  もともと学生時代にここでアルバイトをしていて、そのまま社員として採用されたのだと聞いた。正式な社員になってからの職歴は五年だが、バイト時代を含めればすでに七年と仕事ぶりはベテランの域で、葉山が竹内の仕事を信頼しているのが見ていてもよく分かる。  そんな竹内をサポートしているのが、先輩女性社員の大久保や立花だ。 「じゃあ、柴嵜くんと市村さんは、それぞれシルバーとグラスつけてって。テーブルマナーのシルバーは、順番分かるわね? グラスは一人につき三つ。ゴブレとワイン用二つ」  大久保に言われて、暁人と市村はそれぞれ返事をして動き出した。  会場のスタンバイを終えて昼食から戻った暁人は、先にパントリーに戻ってコーヒーを飲んで休んでいた竹内を見つけ声を掛けた。 「竹内さん、ちょっと時間ありますか」 「ああ、柴くん。なに? どうかした?」 「あとでいいんで、明日のテーブルマナーのスープサービス見て貰ってもいいですか? まだちょっと不安で……」 「おお、いいよ。あとでと言わず、すぐやろう! チューリンとレードル持ってきなよ。あと、スープボウルも」  暁人が言われた通り備品を取りに行って戻って来ると、少し遅れて昼食から戻って来た市村もそこにいた。 「柴嵜さん、練習私も一緒にいいですか? いま竹内さんに聞いたんですけど、私もスープはまだ不安で」 「ああ、もちろん」  研修やオープンしてからの実践で、料理の盛り付けられた皿やグラスをトレイに乗せて運ぶのには随分慣れたが、テーブルマナーでチューリンからスープのサービスをするのは初めての経験だ。一テーブル、六名から八名分のスープが入った重量のあるチューリンを片手に、担当テーブルの一人一人にスープのサービスするのは新人にとってはかなり難易度が高い。 「絶対失敗したくない! スープひっくり返したりしたら本当最悪ですよ」  市村が想像に身震いしながら言ったのを、竹内が「それをしないために練習すんだろ」と笑いながら宥めた。  三人で空いている隣の宴会場に移動し、テーブルを用意して早速練習を始める。 「じゃあ、先に柴くん。次、市村ね」  チューリンに水を入れ、実際にスープが入っているような実践形式で、竹内をお客様に見立ててサービスをする。難しいのは、まだスープが大量に入っている最初のほうだ。  チューリンの重さを片手で支えることも難しいが、緊張でサービスの手が震えるのも頂けない。暁人は男でそれなりの腕力もある為、支える手はさほど問題なかったが、サービスの際にやはり緊張で手が震える。 「柴くん。一度にレードルにたっぷり入れ過ぎないほうがいい。溢れるとどうしても零れる原因になるから」 「はい」  一度目は失敗したが、二度目は上手くいった。 「いいね、その調子。やっぱ筋はいいんだな、柴くんは。次、市村」 「あ、はい! あの、先に竹内さんのお手本見たいです、私!」 「分かった。じゃあ柴くん、お客役でここ座って」  言われた通りに暁人がテーブルに着き、すぐ傍で竹内のサービスの手本を見た。チューリンを抱える手にも安定感があり、上手くできるコツを教えながら流れるような美しい動きでなされるサービスに暁人と市村は揃って感嘆の声を漏らした。 「めちゃくちゃ、綺麗! さすが竹内さん!」  市村が心底感動したようにそう言って、暁人も思わず拍手をした。 「こんなの慣れだぞ、慣れ。俺も最初は苦手だった。けど、とにかく経験するしかないからなぁ。実践あるのみ! はい、次こそ市村」 「はぁい」 「市村。左手、しっかりチューリン支えて。まだグラついてるぞ」 「はいっ!」 「右手は肩に力入り過ぎ。ボウルの上にそっと置いてくる感じで、そうそう! いいよ」  そんなふうにして、竹内は実に根気よく練習に付き合ってくれた。元々面倒見がいい竹内だが、特に暁人や市村のような新人組を気に掛けてくれている。 「だいぶ上手くなったんじゃない? この調子で明日頑張れよ。つか、俺もうパールの準備入らないとだから、行くわ。柴くん、それ片づけ頼めるかな」 「はい」  そう言うと、竹内は市村を連れて、夜の宴会の担当部屋へ向かった。  暁人も腕時計で時間を確認し、使った備品を倉庫に片づけると急いでパントリーに戻った。

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