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第17話 仕事と人とその距離と③
八時に終了予定のペリドットでの研修会はまさかの三十分押しで、暁人が片づけを終えて一息ついたころ、葉山が顔を出した。
「柴。もうそのへんでいいぞ。残りは明日にしよう。おまえも上がれ。竹内たちも先に上がったから」
他の宴会場は始まりが早かったこともあり、八時には宴会が終わっているはずだ。
明日はガーネットの間以外は昼の予約はない。皆片づけだけを済ませてそのまま帰ったのだろう。
「お疲れだったな」
宴会場の照明を消して、葉山と並んでパントリーまで向かった。照明を消した宴会場の廊下は静まり返っていて夜は少し不気味に感じる。パントリーに明かりが点いていたが、すでに皆帰ったあとで、向かいの宴会厨房の明かりも消えていて、ここには暁人と葉山しかいない。
宴会のスタッフは皆大体同じ時間にまとまって仕事を終えることがほとんどで、こんなふうに職場で葉山と二人きりになることは初めてだった。
同じ電車通勤、最寄り駅も同じということで一緒に帰宅する流れになり、それを断ることもできず暁人は葉山と電車に揺られている。特に話題も見つからず、窓の外を流れる景色をぼんやりと眺めていると葉山が静かに口を開いた。
「腹減ったな──柴は、今日飯どうすんの。つか、いつもどうしてんだ?」
「どう……って。まぁ、その辺で済ませたり、コンビニ弁当買ったりですかね」
「はは、俺も。似たようなもんだな。ちなみに、自分で料理とかは?」
「休みのときは、たまにします、普通に。と言っても、簡単なものしかできないですけど」
「珍しく二人だし、飯でも食ってくか?」
葉山に言われて、暁人は一瞬返事を躊躇ったが
「心配するな、もちろん奢ってやるし、飯食ったらさっさと帰る。それならいいだろ?」
と言われ、黙って頷いた。
葉山がさっさと帰ると言ったのは、暁人がこういう終業後の付き合いをあまり望んではいないことをちゃんと分かっているからだ。そういう暁人の意向を理解してくれようとする葉山の気遣いは伝わって来る。
「俺の知ってる店でいいか? 柴、おまえ食えないのとかある?」
「いや。好き嫌いはほとんどないです」
そう答えると、葉山が柔らかく微笑んだ。
葉山が電車を降りて向かったのは、駅から歩いて数分のラーメン屋だった。細い路地を入ったところにある間口の狭いトタン壁の古びた店。一瞬、この店大丈夫なのか? と疑うような店構えであることから、それが思いきり顔に出ていたのか、葉山が「店汚ねぇけど、旨いから、ここ」と少し楽しそうに笑いながら店に入って行った。
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