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第26話 受け入れられること①

7   受け入れられること  あんな事があったあとで、さすがに翌日仕事に行くのが憂鬱だった暁人だが、葉山は普段と変わらずだった。竹内も出勤早々、暁人を見つけると 「柴くん。昨日大丈夫だった? 体調悪かったんだって? 今日も本調子じゃないなら無理しないようにな」  こちらもいつもと同じように優しい言葉を掛けてくれたことに、暁人は心の底からほっとした。  葉山が自分の秘密を誰かに話したりするような男ではないと頭では分かっているが、不安がなかったといえば嘘になる。以前の職場の人間たちとは違うと分かっているのに、そんな人のいい彼らのことを信じられない自分が本当に嫌になる。  午前中アクアマリンの間で行われていた地域振興会の定例会議が終わり、会場をばらして翌日の夜の予約の為のスタンバイに取り掛かろうとしたところで、竹内に声を掛けられた。 「柴くーん! そこ円卓配置終えたらとりあえず先に昼飯行こう」 「あ、はい」  昼食のあと、スタンバイの途中だったアクアマリンの間で翌日の準備を終えてから、備品倉庫の片付けに取り掛かった。昼夜と宴会が立て込んでいて忙しい日もあれば、ごくたまに午前の宴会だけという日もあり、予約件数によって日々の忙しさにばらつきがある。  予約件数の少ない日には宴会で使う食器やシルバーが保管されている備品倉庫の片づけをしたり、空いている宴会場の掃除をしたり、普段なかなかできない業務が山積みでこれまた結構忙しい。暁人と竹内で片付けを担当し、葉山は一人事務所で仕事をしている。 「今日は暇だから、これ終わったら上がれって葉山さんが」  竹内が洗い場の洗浄機から洗い上がったばかりのシルバーを棚に片づけながら言った。 「夕方家に帰れるなんて珍しいですよね」 「確かにな。ここのとこずっと忙しかったもんなぁ。来週からまた予約立て込んでくるよ」 「学生のスポーツ合宿の予約入ってるとか聞きましたけど大変なんですか?」 「ああ。宴会(うち)で担当するの主に飯だけどさ、あいつらめちゃくちゃ食うから料理補充クソ大変なんだ。入れたそばから消えてくから調理場もこっちもフル稼働って感じでさ」 「……想像するだけで凄そうっすね」  暁人が答えると、竹内が暁人を見ながら表情を緩ませた。 「柴くん、最近雰囲気柔らかくなったよな。なんだろ、仕事慣れてちょっと余裕出て来たのかな。入社してすぐの頃とだいぶ顔つき変わった気がするけど」 「そうですか? まぁ、仕事は多少慣れましたけど……自分ではよく分かりません」  変わったのだとするならば、たぶんそれは変化した環境のせいだ。  以前の職場では自分の居場所なんてものはなかったが、ここの人たちは基本温かく暁人を受け入れて自由にさせてくれる。それがどれだけ暁人の心を軽くしているか。 「珍しく早い時間に終わるしさ、今日こそ飯でも行かね?」  竹内が訊ねた。最早何度目の誘いか分からないが、ここで暁人が断るやり取りがデフォルトのコミュニケーションになりつつあり、竹内のほうも断られるのを承知で訊いている節もある。 「なーんてな! 分かってるよ。柴くん、どうせ俺の誘いに乗んないもんな?」 「……いや。いいですよ」  暁人が答えると、竹内が信じられないものを見るような目で大きく口を開けたままこちらを見た。それから暁人を指さして金魚のように口をパクパクさせている。 「い、いま……柴くん、いいって言った!?」 「はい。……ていうか、なんて顔してるんですか。人をそんなバケモノ見るみたいな目で」 「マジ!? マジで行くの? 俺と飯」 「あ、もしかして冗談でしたか?」 「んなわけあるかっ! いつも本気で誘ってるよ。断られんの当り前になってるからまさかOKでると思わねぇじゃん! マジで? やった!!」  興奮したように胸のまえでガッツポーズをした竹内に暁人が思わず笑うと、竹内がさらに嬉しそうに笑ったのを見て胸の奥に温かい何かで満たされるような気持ちになった。

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