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第28話 受け入れられること③
結局、仕事を終えてから三時間ほど焼き肉屋に居座り、店を出たのは八時過ぎだった。そのあとカラオケに行こうと提案した竹内が葉山に上手くあしらわれ少し不服そうだったが、彼女から電話が掛かって来るや否や、鼻歌を歌いウキウキしながら帰って行った。
「ほんと、ゲンキンだよな……あいつ」
竹内と別れて駅に向かうと、ちょうどタイミングよく帰りの電車に乗ることが出来た。
最寄り駅まではたった三駅だが、電車に揺られているうちに気分が悪くなってきた。葉山が時折何か話し掛け来て、それに答えることで気を紛らわしていたが、次第に口数が減る暁人の表情を見た葉山が顔色を変えた。
「柴、大丈夫か? 顔色悪いな。酔いが回ったか」
「……あと一駅なんで平気です」
電車が駅に着いてホームに降り立った瞬間、暁人は大きく息を吸い込み、電車から降りた人々が足早に改札口へ向かっていく背中をゆっくりと追い掛けた。ふらふらとした足取りで歩く暁人の肩を横から葉山が支え、なんとか改札を抜けた。
「柴。とりあえずここ座れ」
葉山が暁人の身体を支えるようにして、暁人を改札の向かいにあるベンチに座らせた。それから近くにあった自販機で水を買って戻って来るとペットボトルを暁人に手渡してそのまま隣に座った。
「すいません……ちょっと飲み過ぎたみたいで」
「珍しいな。外では気を付けてるって言ってたのに」
「……すみません」
外での酒には十分気を付けているつもりだったが、今夜は許容量を超えてしまったようだ。
「なんで謝るんだよ。気を付けてたってつい飲み過ぎるなんてよくあることだろ。どんな感じだ? 吐きそう?」
「いや、そこまでじゃ……。ただ、頭フラフラします。葉山さん先に帰ってください。俺、少し酔い覚ましてからタクシーで帰るんで」
「何言ってんだ。こんなところに気分悪いって言ってるやつ一人でほっとけないだろ。酔い冷めるまでウチ来るか? 気分悪いときタクシー乗るのもキツイだろうし……ああ、それがいいな」
そう言った葉山が「ほら!」と背中を向けてベンチの前にしゃがみ込んだ。
「は?」
「“は?”じゃねぇよ。おぶってやるから乗れ」
「……冗談よしてください。大丈夫です。ほっといてくれて」
「ツンツンしてかわいくねぇなぁ」
「かわいくなくて結構です。いい歳した大人が恥ずかしいでしょ」
「はぁ⁉ 誰も見てねぇって」
そう言った葉山が立ち上がって暁人に近づくと、強引に暁人を背中に背負った。
「ちょっ……」
「バカ。暴れるな。大人の男に背中で暴れられたら俺の腰がやられる」
口ではそう言いながらも、葉山は軽々と暁人を背中に背負って笑いながら歩き出した。平日の駅前にはほとんど人通りはないが、それでも多少は人がいて、皆がこちらを見ているような気がする。暁人は思わず俯いて、人目を避けるように葉山の背中に張り付いた。
「ホント、降ろしてください……恥ずかしくて死にそうです」
「はは。恥ずかしいくらいで死ぬかよ。我慢しろ、すぐだから」
確かに葉山の家が駅前の信号を渡って、大通りから少し入った徒歩五分ほどの距離にあることはまえに一度部屋を訪れたことがある暁人も知っている。
──なんで、こんなことに。距離感おかしいだろ、この人。
以前もほぼ無理矢理腕を引かれて彼の家に連れて行かれたのだ。
大の大人の男が、同じ男の背中に背負われていることももちろん恥ずかしいが、まともに顔を上げることもできず彼の背中に密着せざるを得ない状況に別の意味で心臓が煩い。
暁人も決して小柄というわけではないのに、自分より逞しく大きな葉山の背中、短い髪が風に揺れている様を見ているだけで妙にそわそわとした気持ちになる。
──意識するな。
心の中で自分に言い聞かせているのに、意識しないようにと思えば思うほどなぜか鼓動が速くなっていく。
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