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第29話 受け入れられること④

 葉山の部屋の前に着くと、玄関先でようやく彼の背中から解放された。そのまま肩を抱かれ部屋に入るとソファの上にそっと降ろされ、暁人は素直にソファに身体を預けた。 「とりあえず少しマシになるまでここで横になっとけ」 「……ありがとうございます」  ここまで連れてこられて今更帰るのもと思い、暁人は言われるままソファに横たわった。  吐き気はないが、頭がグルグルしていてとても一人で帰れる状態ではなさそうだ。半ば強引に連れて来られた感はあるが、結果助かった。そのまま目を閉じているうちについ転寝をしてしまったらしく、はっと気づいて身体を起こすと暁人の身体にガーゼケットが掛けられていた。暁人が寝ていたソファに背を向けたままテレビを見ていた葉山が 「お。目、覚めたか」  暁人が目を覚ましたことに気付いて振り返った。 「すいません、俺……」 「ああ。気持ちよさそうに寝てたから起こすのもかわいそうだと思って放っておいた。顔色もかなり戻ったな」  そう言った葉山が座ったまま暁人を見上げて笑った。 「いま、何時ですか?」 「ああ……そろそろ日付変わるな。時間も時間だし、おまえこのまま泊ってけよ」 「えっ⁉ あっ、いや! 帰ります……」 「なんでだよ? こんな時間に帰るの面倒だろ。それにおまえ明日休みだったろ。このまま泊って明日の朝帰りゃいい。心配すんな、竹内もよく泊まるから布団だってちゃんとある」  そういう問題じゃなくて──と口に出そうと思ったが、葉山がすでに部屋の隅に布団の準備まで済ませていることを知って、結局「帰る」と言えなくなってしまった。 「気分大丈夫そうならシャワー浴びるか? ほれ、これ着替えな」  そう言って渡された着替えも、暁人が眠っている間にすでに用意していたのだろう。促すように背中を押されて暁人は少し戸惑いながらも素直に葉山に従った。  暁人がシャワーを浴びてリビングに戻ると、ソファの傍にあったテーブルが部屋の端に寄せられていて、テーブルのあった場所に布団が敷かれていた。 「俺の寝室に布団敷こうかと思ったんだが、おまえ嫌がりそうだからここにした」 「……ありがとうございます」 「おいおい。嫌がりそうっての、否定しねぇのかよ」 「いや……葉山さんのほうが嫌かと」 「どういう意味だ?」 「俺がゲイだってこと忘れてませんよね?」 「ああ……そういう。忘れてねぇよ。でも、おまえだって男なら誰でもってわけじゃないだろ」 「……それは、まぁ」  葉山の答えに、やっぱこの人は変わっていると暁人は思った。以前の同性の同僚たちは、あたかも自分がゲイである暁人の性的対象になっているとでも勘違いしているのか、避けられるくらいならまだマシなほうで、酷いことを言う輩も多かった。  普通に考えれば分かるだろう。異性愛者が、相手が異性なら誰でもいいわけじゃないように、同性愛者にだって好みはあるし、同性なら誰でもいいというわけではない。むしろ、好ましいと思える相手に出会うことのほうが難しいというのに。 「少なくとも、俺は嫌じゃない。おまえのことそういう意味で警戒してんなら、初めから泊まってけなんて言わねぇよ」  白い歯を見せて笑った葉山が暁人の額を軽く小突いた。 「俺ももう寝るわ。柴も適当に寝ろよ。電気とかエアコンとか好きにしていいからな」 「あ、はい……」  葉山が欠伸をしながらそう言うと、暁人をリビングに残して奥の部屋へ消えて行った。  残されたリビングで小さく息を吐いてからテレビと電気を消し、用意された布団に寝転がった。  これ以上近づきたくないと思うのに、葉山はなんの躊躇いもなく暁人を自分のテリトリーへ引き入れる。自分だけでなく、竹内や他の後輩にも同じように接しているのだろうが、人に拒絶されたことはあっても、引き入れられたことがない暁人にとって葉山の行動はやはり特別なもののように感じられてしまう。 「……勘違いすんな」  独り言のように呟いて、ぎゅっと目を閉じた。借りた部屋着からほのかに葉山の匂いがする。なんともいえない安心感に包まれていることに気付いて、涙が出そうになった。  ──こんなとこまでのこのこついて来て、何やってんだ。  どんなに時間が遅くても、帰ることだってできた。なのに、それをしなかったのは、結局自分が彼といることを望んでしまったからだ。  布団の中で身体を小さくしながら、深呼吸をした。  これ以上は踏み込まない──そう心の中で固く誓うことを繰り返しながら気づけば深い眠りについていた。

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