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第30話 受け入れられること⑤

 翌朝、暁人は香ばしいコーヒーの香りで目を覚ました。  そうだ、ここは葉山の部屋だったと思い出してゆっくりと起き上がると、キッチンでコーヒーを淹れていた葉山が「あ、起きたか」と暁人に笑い掛け、リビングのカーテンを開けた。  だいぶ前から起きていたのか、葉山はすでに着替えも整髪も済ませていた。 「飯食うか?」 「あ……いや。俺、朝は食べないんで」 「俺もだ。じゃあ、コーヒー」 「いただきます。そのまえに洗面所借りてもいいですか」  そう言って布団から抜け出し、使った布団を軽く畳んでから「タオル好きなの使え」という葉山の声を背中に聞きながら洗面所へと向かった。  友人も少なく他人の部屋に泊まるということに不慣れな暁人だったが、昨夜は不思議とよく眠れた。  暁人がリビングに戻ると、テーブルの上にコーヒーが用意されていた。時計を見ると午前九時。たしか今日通し番の葉山はもうすぐ家を出なければならない時間帯のはずだ。 「柴。俺そろそろ出るから、戸締り頼めるか?」 「え? あ、いや! 俺ももう出ます」 「なーに言ってんだ。起きたばっかりだし、コーヒーだって飲んでないだろ。もうちょっとゆっくりしてけよ。鍵は明日返してくれりゃいいから」 「いや……でも」  そんなやりとりをしている間に葉山はすっかり身支度を整えて、暁人の頭を撫でながら鍵を手渡すと「よろしく」と言って玄関を出て行ってしまった。 「……だから、またっ」  葉山はまるで息を吐くように自然に暁人の頭に触れる。もちろん他意はないのは分かっているが、こういった男同士のスキンシップに慣れない暁人は、どう反応していいのか分からなくなる。  一人残されたリビングで小さく息を吐いてから、葉山の淹れてくれたコーヒーをゆっくりと味わった。特別旨くも不味くもない、ありふれたインスタントコーヒーの味がなんだか妙に温かく沁みた。  飲み干したコーヒーのカップを洗い、部屋を見渡した。昨夜は酔っていたこともあり部屋の中の様子を気に留める余裕もなかったが、リビングにはテレビ台と一体化とした壁面収納があり本やCDなどが綺麗に配置されている。前に一度訪れたときは部屋の中にゴミ袋が転がっていたが、普段はきちんと片づけられているのだろうと想像できた。  暁人は棚に並べられた小説や実用書を手に取って中身を少しだけ覗いてからすぐに元の場所に戻した。それから飾られたいくつかの写真立てに視線を移した。いまより少し若い同僚たちと映った写真や家族写真が飾られていた。 「恋人の写真はないんだな……」  口に出してみてはっとした。これじゃまるで葉山に特定の女性の影がないことにほっとしているみたいだ。 「帰ろう……」  暁人は手早く身支度を整えると荷物を持って立ちあがった。葉山が出掛ける時に渡された鍵で戸締りをして、それを大事に握りしめて部屋を出た。

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