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第36話 裏腹な想い①
9 裏腹な想い
──誰も好きにならない。
そう決めて生きているのに、どうして懲りもせず想いが報われることがない相手に惹かれてしまうのだろうか。
「うわっ!」
パントリーの床にぶちまけてしまったナフキンを拾い集めていると、暁人の視界に長い腕が伸びてきて、散らばった紙ナフキンを拾い上げたその手が目の前に差し出された。
「なーに、ぶちまけてんだ?」
そう言った葉山が目の前にしゃがみ込んだ。あのあと熱が下がり切らず、仕事を休んでいた葉山が出勤するのは二日ぶりだ。
「……すみません」
「この間、ありがとな。いろいろ助かった」
「いえ……もう体調はいいんですか?」
「ん? 見ての通りだよ」
病み上がりとは思えない健康的な葉山の笑顔が眩し過ぎて直視できずに目を逸らした。
「なんか、お礼しないとな」
「……いいです」
「即答? そんな嫌がんなよ」
「べつにお礼されるようなことは何もしてないんで」
「おまえがそう思ってても、俺は助かったんだよ。礼くらいさせろって」
「……だから必要ないです。これ、パールにセットしてきます」
そう言うと、暁人は床から拾い集めた紙ナフキンを処分して、新しくスタンドにセットしたものをテーブルの数だけトレイに乗せてパントリーを出た。
その後も何度か葉山に声を掛けられたが、暁人はことごとく断り続けた。
葉山が厚意で声を掛けてくれていることは充分に分かっているだけに、断れば断るだけ罪悪感のようなものが湧き上がるが他にどうすべきか分からない。
「柴嵜さーん。スタンバイどんな感じです? なにか手伝う事ありますか?」
「ああ、市村さん。大丈夫だよ、もう閉めるとこだから」
明日の昼の会議用のスタンバイを終えてオパールの間の照明を落として廊下に出ると、ちょうどサファイアの間から片づけを終えた竹内と葉山が出て来た。
「お疲れさまです」
「柴くんもお疲れ。今日、どこの会場も早かったな」
今夜は四つの会場でそれぞれ宴会が入っていたが、どの会場も始まりが五時半で早めだったため、普段よりも終わりが早く、片付けや翌日のスタンバイを終えてもまだ九時前だった。普段は宴会を終えて九時過ぎ、遅くなると十時をまわることが多く、揃って早く帰ることは珍しい。
一足先に着替えを済ませて暁人が更衣室を出ようとしたとき、仕事終わりの一服をして更衣室に入って来た葉山とちょうど入れ違う形になった。リュックを背負い、ポケットに入れていたイヤホンを取り出し「お先に失礼します」「お疲れ」と互いに挨拶をして更衣室を出ようとしたところで、コードが絡まったイヤホンをうっかり床に落としてしまった。
それがたまたま葉山の足元に落ち、彼が反射的に「おわっ!」と声を発して避けようとしてくれたのだろうが間に合にあわず、床の上でミシッと耳障りな音がした。
「すみません! 足、大丈夫でしたか?」
「いや、俺は平気だって! ていうか、悪い……思いきり踏んじまったみたいだわ」
慌ててイヤホンを拾い上げた葉山が、手にしたそれを見て思いきり顔色を変えた。
「うわ……柴、悪い。片耳完全にヒビ入ってるわ。弁償する」
「いや。いいですよ。どうせ安物ですし、だいぶ年季入ってたんでそろそろ買い替えようと思ってたとこなんで」
「だったら、尚更弁償させろって」
「いや、ホント気にしないでください」
「気にするとかしないとかの問題じゃねぇんだよ。この間の件といい、俺が納得いかん。おまえだって、故意じゃないにしろ仮に人のモン壊したら弁償させてほしいと思うだろ?」
「……そりゃ」
自分が逆の立場だったらと考えたら、ここで、しないとは言えなくなってしまった。
「じゃあ、いいよな? 俺がおまえのイヤホン弁償すんのも」
葉山が意味ありげにニヤリと笑った。
「……」
「いいよな?」
まるで暁人のほうが弱みを握られたみたいに立場が逆転してしまった。葉山に自分の主張が正当だと勝ち誇ったような表情で言われて暁人は反論の余地を失ってしまった。
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