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第40話 いびつな心①

10   いびつな心  一度きりにするはずだったマナトとの関係を、結局断ち切ることはできなかった。  といっても一般企業のサラリーマンである彼と暁人では休みも勤務時間帯も異なるため、実際に会うのは彼の誘いの数の半分にも満たないが、偶然彼と会ったあの夜から二週間の間にすでに一度会っている。  今夜も誘いが来ていたが、あまり気が乗らずに断ったばかりだった。  仕事を終えた暁人が更衣室で帰り支度をしていると、同じく仕事を終え着替えにやって来た葉山がドアを開けて入って来た。今夜は夜の宴会が一件しかなかったため、他のスタッフは昼の宴会を終えて夕方には上がってしまって残っていたのは暁人と葉山の二人だけだった。 「あれ、柴。まだいたのか?」 「あ、はい。そこでたまたま和食の岡田さんに掴まって。昨日の夜のアメジストの料理取りに来るのが遅かったとか諸々小言を……」 「うわ。そりゃ、災難だったな。あの人、説教始まると長げぇから大変だったろ」 「たぶん十分以上掴まってたと思います」  と答えると葉山が「げぇ」と肩をすくめながら、タキシードを脱いでから蝶タイを外した。 「そーいや、イヤホン調子どうだ?」 「はい。毎日使ってます。音もいいし、使いやすくて気に入ってます」  暁人がシャツを脱ぎながら答えると葉山が「そうか」と満足そうに頷き、ふと何かに気付いたように暁人の肩を見つめた。 「ここ、どうした?」  そう訊ねた葉山が、はっとしたように不自然に視線を逸らせた。どうしたのかと、ロッカーの内側の扉についている小さな鏡で後ろの首元から肩甲骨あたりを確認すると、そこにいくつか人為的に付けられたような赤い痣があって、暁人は彼が不自然に視線を逸らせた理由を察した。 「……悪い、柴。いまのはデリカシーなかった。わざとじゃない」 「いえ。俺のほうこそ気づかずに変なもの見せてすみませんでした」  暁人は慌てて服を着ると、手早く荷物を纏めて背中にリュックを背負った。 「おまえ、恋人いたんだな」  そう訊かれて、暁人は葉山の顔をじっと見つめた。身体にそういう痕を付ける人間(イコール)恋人というごく一般的な感覚からそう訊ねたの葉山が真っ当なのだと思うが、彼にそう訊ねられたことになぜかほんの少し苛立った。 「いえ。恋人はいないです。恋人でなくても身体の関係は持てますから」 「……は?」 「そんなに驚かないでください。普通の男女だって恋人作るの難しいのに、ゲイなんて尚更です。適当な相手と割り切った関係なんて、よくあることです」 「……よくあるって、おまえ」  暁人の言葉に、葉山が言葉を失ったように押し黙った。

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