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第44話 溢れる感情②
鍵を開けて部屋に入るなり、葉山がはぁはぁと荒い呼吸で玄関先にしゃがみ込み、暁人もその場に崩れるように倒れ込んだ。
お互い荒い呼吸を繰り返し、苦しそうに顔を歪めた。駅から全速力に近い速さで走ったからなのか喉の奥から苦い鉄の味がした。
どれくらいの間、そうしていただろう。
「……きっつ! 死ぬ……」
先に声を発したのは葉山だった。まだ呼吸は荒く、やっとのことで声を出しているという感じであったが、呼吸が次第に落ち着くのを待って静かに訊ねた。
「さっきの……どう見ても友達じゃねぇよな? 助けてよかったんだよな」
あの状況を目撃し、葉山は咄嗟に状況を判断して暁人を助けてくれたのだ。
「はい……ありがとうございました。本当に、助かりました」
「知らないやつ? 一方的に絡まれてたのか?」
「……」
絡まれていたことは事実だが、元々サイトを利用して知り合った相手だ。自分に非がないとは言い切れない。
「いえ。──まえにちょっと知り合ったやつで」
ようやく呼吸は元に戻りつつあったが、暁人が言いにくそうに言葉尻をすぼめると葉山が事情を察したように息を吐いた。
「ああ……まえに言ってた適当な相手ってやつか」
暁人が黙って頷くと、葉山が暁人の首元を掴んで乱暴に壁に押し付けた。
「だから言ったろ! 危なくねぇのかって!」
葉山は怒っていた。仕事には厳しい男であるし、実際厳しいことを言われたこともあるが、今夜の葉山は暁人がこれまで見たこともないくらい本気で怒っているのが分かった。その証拠に暁人の首元を掴んだままの彼の手が怒りに震えている。
「……すみません」
「俺が偶然あの場にいなかったら、おまえどうなってた?」
想像でしかないが、もしあの場に葉山が現れなかったら、二人に強引にどこかに連れ込まれて望まない身体の関係を強要されるか、もっと酷い目にあっていただろう。
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