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第49話 溢れる感情⑦
「なぁ、柴」
「……」
「柴クン」
「……はい」
「クン付けしたら返事すんのかよ」
葉山がまた小さく笑った。
「俺は……いままで女の子しか好きになったことがない。男同士の恋愛とかも正直よく分かんねぇ。──けど、おまえのことは、入社したときからずっと見て来た。他のやつには素直なのに、俺には全然素直じゃねぇし、いろいろ拗らせててなんか危なっかしくて……けど、見てるとなんかかわいくて。おまえが、俺をどう思ってても──おまえが困ってたら助けてやりたいし、泣いてたら傍にいてやりたいし、わけわかんない他の男と身体の関係持ってんのか、って思ったらなんか腹立つ程度にはおまえのこと好きだよ」
葉山の温かな手のひらが、そっと暁人の背中に触れた。
「……」
「おい、柴? 何か言えって」
葉山がなにを言いたいのかは、よく分からなかった。
けれど、たった一つ分かったことがあった。彼は、暁人を拒絶することなく、彼が持つ最大限の間口で受け入れようとしてくれていることだけは確かだった。
それならば、ほんの少しだけ希望を持ってみても許されるだろうか。彼が受け入れてくれるところまで、頑張ってみても許されるだろうか。
「おーい、柴。俺の話、聞いてるか?」
背中を撫で続ける葉山の手は温かい。その手の温かさがなんだか胸に沁みて、少しでも言葉を発したら、また涙が溢れて止まらなくなりそうだった。
「……聞いて、ます」
「だったら、なんとか言えよ。俺が、好きだっつったのも聞いてたか?」
暁人はゆっくりと頷いた。
きっとその「好き」は、暁人の好きとは違う意味での言葉なのかもしれない。
「──で、柴はどうすんだ? 俺のこと好きって認めるか? それとも否定するのか?」
認めてしまうのを怖がっていたのは、暁人の気持ちを知った葉山に引かれ、見放されてしまうのが怖くて怖くて堪らなかったからだ。
暁人がゲイだと分かっても態度を変えることなく、普通に接してくれた唯一の存在である彼に、拒絶されることがなによりも怖かったからだ。
でも、暁人の気持ちを知ったいまも葉山の態度は変わっていない。それどころか、彼にできる限りの暁人への好意を示してくれた、言葉にしてくれた。
そんな彼に、自分の気持ちを誤魔化して嘘をつくなんて不誠実なことができるだろうか。
それこそが、彼が暁人に向き合おうとしてくれている真っ直ぐな思いに対する裏切りにならないだろうか。
「なぁ、柴。正直に言えよ。できる範囲で受け止めてやるから」
暁人の背中をゆっくりと撫で続ける葉山の手は相変わらず温かい。その温かに、これまでの頑なに閉ざそうとしていた心の扉が今にも開いてしまいそうになる。
「俺は、おまえのその気持ちを迷惑だとか思わない」
葉山が言い切ったその言葉に、ついにこれまで必死に堪えていた想いが溢れてしまった。
「ごめんなさい……葉山さんっ」
「だから、なんで謝ってんだよ」
「否定しなきゃって思ったし、ずっと知られたらダメだって──隠してなきゃって思ってたけど……っ」
ひとつひとつ言葉にしているうちに、また涙が溢れて声が震えた。
「葉山さんがっ……そう言ってくれるならっ。み、認めても……いいですかっ……」
自分の持っている勇気、すべて振り絞って言った。
そうだ。彼が言ってくれたように、もっと違った意味での勇気の出し方があるんじゃないか。頑張り方があるんじゃないか、そう思えた。
頑張って頑張って──結果、ダメだったとしても、スタートラインに立たせてもらえただけラッキーだ。何も行動を起こす前に、拒絶されなかっただけよかったじゃないか。
「いいんだよ、柴」
葉山が暁人の身体を受け止めたまま、そっと頭を撫でた。
「人を好きになるっていう大事な気持ちを、おまえ自身が否定すんなよ……。誰だって人を好きになっていいんだ。その相手が誰であっても、おまえの中にある気持ちは大事にしていいんだ」
いつだって、葉山のこの手にドキドキした。今もドキドキしている。
この気持ちを否定しなくていいんだ。認めてしまっていいんだ。そんなふうに言われたのは初めてのことだった。
「……好きです、葉山さんのことが」
蚊の鳴くような声で気持ちを伝えると、葉山がふっと笑って暁人の頭をくしゃくしゃと撫でながら「遠慮がちだな、相変わらず」と言った言葉にまた涙が溢れて止まらなくなった。
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