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第60話 繋いだ手のその先に②

   *  *  * 「それじゃ、柴くんお疲れ。気を付けて帰んなよ」 「はい。お疲れ様でした。竹内さんも気を付けて」  仕事のあと、竹内と夕食を共にしてから帰るのは久しぶりのことだった。  以前は頑なに誘いを断り続けていた暁人だったが、最近では同僚たちの誘いに応じることも増えた。もちろん毎回というわけではないが、少しでも気が向けば参加してみようと思えるようになったのは葉山のおかげだ。  葉山が自分を偏見なく受け入れてくれたように、暁人も自分のような人間を否定する人ばかりではないと、少しずつだが他人を信じられるようになった。そう思えるようになったのは、いつでも自分を気に掛けてくれる竹内の存在が大きい。  まわりの環境によって、少しずつ自分を肯定することができるようになったのは暁人の中での大きな変化だった。  週末である今夜も夕方から披露宴があり、葉山が今夜も司会の担当についていた例の風間という女性に強引に飲みに誘われていた。彼が誘いを断り切れず、応じたこと知って、暁人もたまたま声を掛けてくれた竹内からの食事の誘いに応じたのだ。  マンションに帰ってシャワーを浴び、換気のために窓を開けた。昼間はまだ気温が高いが、十月ともなれば夜風はひんやりとして心地よい。  スマホを手にベッドの上に寝転がると、手にしたスマホがブブッとSNSのメッセージを受信したことに気付いて起き上がった。 【いまから部屋行ってもいいか?】  葉山からのメッセージだったが、こんなふうに突然来るなどと言い出すのは珍しいことだ。普段はあらかじめ暁人の都合を聞いてくる。 「いまから……って。どこにいるんだろ?」  時刻を確認するとすでに十時をまわっている。彼女とどこかで飲んでいたのならば、そこからまだ時間が掛かるはずだ。 【いいですけど。葉山さん、いまどこですか?】  即座に返信すると、またすぐに葉山から返事が来た。 【柴のマンションの下】  メッセージを見て慌てて窓に駆け寄ると、駐車場に停まったタクシーを降りたばかりの葉山が三階にある暁人の部屋を見上げてひらひらと手を振っていた。  少しして暁人の部屋のある二階まで上がって来た葉山を玄関のドアを開けて出迎えた。 「お疲れ」  そう言って部屋に入って来た葉山からは、ふわりとアルコールの匂いがした。 「お疲れさまです……。どうしたんですか、急に。今夜、風間さんと飲みに行ってたんじゃ……」 「ああ。タイミング見計らって早めに切り上げて来た」  葉山が羽織っていた上着を脱いでソファに座ったため、暁人は彼の上着を拾い上げてハンガーに掛けた。 「よかったんですか。彼女、葉山さんの学生時代の知り合いなんでしょう?」  そう訊ねると、葉山がじっと暁人の顔を見た。 「それ……おまえに言ったっけ?」 「いえ。竹内さんが言ってました。随分と仲が良さそうでしたね、彼女と」  口に出してから、自分の言葉が妙に棘のある響きをもっていたことにはっとした。 「……まぁ、仲は悪くないよ。特別な存在でもあるしな」  そう答えた葉山の言葉に、多少覚悟はしていたものの酷くショックを受けていることに気付いたのは、実際に心臓のあたりがぎゅっと何かに掴まれたように痛くなったからだ。  ということは、過去に彼女に対して特別な感情があった? もしくは今も──?   そんなことを考えて動揺しているのを葉山に気付かれないように、暁人はさりげなくキッチンに行き、冷蔵庫からお茶を取り出した。  特別って、どういう意味で?   本当は口に出したくて仕方ないのに、葉山の言葉が怖くて訊くことができない。下唇を噛んだままふと顔を上げると、こちらを真っ直ぐ見ていた葉山と目が合った。 「柴、なんて顔してんだ? もしかして、なにか変な勘違いしてないか」  そう言われて、暁人は小さく息を吐いた。  なんでもないふりすらできずに、すべて葉山に見透かされてしまっている。

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