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第61話 繋いだ手のその先に③
「──彼女な、俺の親友の嫁なんだよ」
葉山の思いがけない言葉に驚いて、暁人はグラスに入れたお茶を引っ掛けそうになって慌ててそれを防いだ。
「えっ? 風間さんって結婚してるんですか?」
思わず声が大きくなったのは、驚きよりも安堵からだった。
そんな暁人を見て、葉山がやれやれといった顔でカウンターの前に立った。
「してるよ。指輪だってしてんだろ。しかも、すでに二児の母。最近復職したんだと」
「知らないですよ、そんなの。指輪なんてそんな細かいとこまで見てないですし。葉山さんと随分と仲良さそうだし、竹内さんがあんなこというからてっきり……」
「竹内がなんだって?」
そう訊かれて、暁人は急に恥ずかしくなって口を噤んだ。
「……なんでもないです」
二人がとても仲がいいように見えたのは確かだが、竹内が何気なく言葉にした想像の域を出ない話で自分が酷く不安に駆られていたことを実感した。
「柴──? もしかして、なにか気にしてたのか?」
そう訊かれて、暁人は躊躇いながらも気にしていたことを素直に認めた。
本当はこんな小さな嫉妬を葉山に知られたくないと思ったが、それを認めたのは葉山と付き合ううえで一つだけ約束させられたことがあったからだ。
──嘘だけはつくな。どんな小さな嘘でも。
葉山は、長い間自分の正直な気持ちを抑えて生きて来た暁人に、その気持ちを抑えることと、嘘をつくことを禁じていた。
「……すみません。ちょっとした醜い嫉妬です。竹内さんが、二人の事こと怪しいなんて言ってるの聞いて、そう言われるとなんだかそんなふうに見えて来ちゃっただけで……」
「怪しい? 俺とあいつが⁉ どっちかっつうと、学生時代は犬猿の仲だったぞ?」
「だって。話してるところみてたらお互い遠慮がない感じで……随分親しかったんだろうなって」
我ながら、子供みたいだと暁人は思った。
よく知りもしないで勝手に二人の仲を想像して、勝手に不安になって──。
ぎゅっと下唇を噛むと、葉山が暁人の顔を覗き込んで白い歯を見せて笑った。
「バカだな、一人で不安になるなよ。あいつら──ああ、あのあと旦那のほうも来てな? 延々と惚気聞かされ続けてた俺の身にもなれ。飲んでるうちに急におまえの顔みたくなって、無理矢理キリつけてタクシー走らせて帰って来たんだっての」
そんな葉山の言葉が嬉しくて、堪えようとしても自然と口元が緩んでいくのを感じた。
顔が見たくなったなんて──まるで会いたかったんだと言われているみたいで、葉山にそう言って貰えるなんてことが未だに信じられなくて、嬉しいのとなんだかくすぐったい気持ちに、どうしていいか分からなくなってしまう。
「嫌だったか?」
暁人がふるふると首を振ると、葉山が笑いながらソファの座面をポンポンと叩いて、暁人を隣に来るよう促した。
「……嫌なわけない」
そう答えて、葉山の隣に座るといつものように髪を撫でられた。
「だったら、もうちょっと嬉しそうにしろよ」
「だって。こういうのホント慣れなくて……」
自分を大事にしてくれる人がいる、それがしかも自分の好きな人で、その人に大切に扱われているという現実にいまだに慣れない。
「そういうとこ。本当に相変わらずだな、柴は」
いつまでもこんなんじゃ、いつか葉山に愛想つかされてしまいそうだ。
誰よりも真っ直ぐに暁人と向き合って、気持ちを丸ごと受け入れてくれている葉山に恥ずかしくない自分になりたいと思うのに。
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