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第63話 繋いだ手のその先に⑤

 そんなふうに思ってくれていたなんて──。 「おまえが、この先のこと──俺とのことをどう考えてんのか分かんないけど。俺はいま、それくらいの覚悟を持っておまえと付き合ってるよ」  静かに吐かれた……それでいて確かな覚悟をもった彼の言葉に、暁人の胸の中に熱いものが込み上げてくる。  ──まだまだ弱いな、俺は。  葉山のこんな覚悟も知らずに、いつまでも怖がって怯えてばかりで、些細なことで不安になって落ち込んで。葉山のために、少しは自分を誇れるようになろうと思ったのに、結局なにも変われていない。  強くならなきゃいけない。こんな言葉をくれる、こんな自分を真正面から受け止めてくれる彼のような人間には、きっとこの先二度と出会うことはないと思う。 「柴……いいかげん自信持て。おまえ、愛されてるぞ、俺に」 「……嘘みたいな話だ」 「コラ。また、そういう……」 「すみません。違うんです、嬉しくて……」  返事を返した声が震えた。  ──ああ、ダメだ。また泣いてしまいそうだ。  出会った頃から彼の魅力的な人柄は変わらない。いつだって温かくて、彼の言葉のひとつひとつが暁人の心を揺さぶる。こんな彼に、好きだと言ってもらえる自分は本当に幸せ者だ。  いつだって暁人は彼に救われている。いまにも零れそうに込み上げてくる涙を必死に堪えた。 「……俺、バカですね」  暁人が葉山に与えられない──いわゆる“普通の幸せ”を嘆くくらいなら、自分にしかできない“特別な幸せ”を与えられるようになればいい。  うだうだとくだらないことを考えて後ろ向きになるより、葉山の言葉や態度を信じて前だけ見て生きて行こう。  暁人のなかで、ようやく本当の意味で彼にぶつかっていく覚悟が生まれた気がする。 「──もう、逃げません。小さなことで不安になるのやめます」  そう言って改めて姿勢を正して葉山に向き直ると、彼も同じように姿勢を正して暁人を見つめた。 「俺が、葉山さんを幸せにします。あなたが俺を受け止めてくれたことを一瞬たりとも後悔させないように──」  言葉にして伝えるのは酷く勇気がいったが、彼の真っ直ぐな気持ちに応えるにはやはり自分の言葉で伝えなければと思った。  暁人の覚悟の言葉を聞いた葉山が、小さく笑ってこれまで暁人が見たこともないほど嬉しそうな顔を見せた。  優し気な眼差し、目尻に寄る小さな皺。ぎゅっと上向きになった口角と覗く白い歯。彼の魅力的名表情に、今更ながらに胸が高鳴る。 「はは。頼もしいな」  そう言った葉山が暁人の身体を優しく引き寄せ、そっと唇を重ねた。柔らかなこの唇の感触も、温かさも、ただ触れているだけでその幸福感に胸がいっぱいになってしまう。  葉山がゆっくりと唇を離してから、見つめ合ったままの状態で暁人の手の位置を探り、そっと触れるとそのまま両手を繋ぎ合わせた。 「だったら。自分から離すなよ、この手」 「はい……っ。離しません、絶対」  暁人の言葉に葉山が満足げに笑って、再びどちらからともなく唇を寄せてキスをした。  しっとりと湿った葉山の唇が、暁人の唇を優しく覆いつくす。  ああ、幸せだ。──そのキスが温かくて優しくて、結局涙が零れてしまった。零れた暁人の涙が頬を伝って葉山の顔を濡らしてしまったのだろうか。はっと唇を離した彼が暁人を見てふっと笑った。 「なに、おまえ。また泣いてんの?」 「泣いてませんから」  慌てて涙を拭おうとしたが、両手を繋いだままではそれが叶わない。繋いだままの手をほどこうと腕を動かしてみたが、葉山が笑いながらそれを阻んだ。それからさらに手の拘束を強めて暁人が動きを遮ると、ゆっくりと顔を近づけて暁人の頬に伝った涙を舐めた。 「だったら、このしょっぱいのなんだ」 「……これはっ、その! ええと……」   泣き顔を見られてばかりなのが恥ずかしくて、なんとか誤魔化そうとしてみたが、うまい誤魔化しかたが思い浮かばずに苦悩していると、葉山がそんな暁人を見てくくく……と楽しそうに笑った。 「ほんと可愛いな、おまえ」  そう言った葉山が急に身体を起こして暁人の身体を抱え上げた。暁人も決して身体が小さいわけではないのに、葉山の力強い腕に軽々と持ち上げられてベッドの上に降ろされた。  そのまま葉山が暁人の裾を捲り上げてシャツを脱がしに掛ったが、首を抜いたところでなぜか腕にシャツが巻き付いたままベッドの上に抑えつけられてしまった。

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