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決して言わない(1)

遠山(えにし)は香住奏太(かなた)が好きだ。 どれくらい好きかというと、勢い余って真っ昼間の会社のエントランスで告白してしまうほど好きだ。 もっとも、奏太は奏太の弟を溺愛しているので、縁はあっけなくフラれてしまったが。 それでもまだ、縁は奏太のことが大好きだ。結果、縁は所属していた愛媛支部から、奏太のいる本社へ転属願いを出し、見事本社勤務を勝ち取った。 残念ながら同じ課というところまでは叶わなかったが、奏太が課長を務める二課、の隣の一課に配属された。 縁が本社に来て間もないある日の午後。 例によって奏太は出張中で、二課は女性を中心にややトーンダウンしていたのだが、今はにわかに活気づいている。 何事かと縁が振り返ると、見慣れぬ長身の男が空の課長席――奏太の席だ――の横に立っている。 机をとんとんと指先でたたきながら問う。 「今日はあの二枚目どこ行ってるの?」 「大阪です」 「あ、あの件か。帰ってきたら土産寄越せって言ってたって言っといてよ」 ひとしきり二課を沸かせてから、その男は一課長にも話しかける。 「原田さん、先日はありがとうございました。おかげで大助かりですよ」 「いえいえ、大したことは」 「何か困ったことがあったら言ってくださいね。俺でできることなら何でもしますんで」 オーバー気味に礼を言って頭を下げる。 そのままとことことこっちにもやってくる。 「よー(まどか)ちゃん。教えてもらった店、大当たりだったよ。超美味かった」 「良かったです。ピザ食べました?」 「食べた食べた。耳がフワフワしてるやつ俺好きなんだよねー」 ふと視線を縁に向ける。ずっと口許が軽薄に笑っている。どうやら癖らしい。 「で、君が愛媛からの刺客?聞いてるよ、すごい出来るんだって?」 「いえ、とんでもないです。まだこっちに慣れるので精一杯です」 縁は愛想笑いを返す。 「だめだよ謙遜しちゃ。うちじゃ、これからは一課に無茶振りできるって喜んでるんだから。…あ、俺営業二課長の織江(たまき)ね」 「遠山縁です。よろしくお願いします」 織江環と名乗った男は営業というにはジゴロ風で、日焼けしたような肌で彫りの深い顔立ちをしている。髪は明るい茶色。捲ったワイシャツの袖をクリップで留め、ベストを着て下顎に沿って髪と同色の髭を生やしている。 どこかで電話が鳴ったかと思うと、環が内ポケットから携帯電話と手帳を取り出す。 「はい、営業二課織江です」 空いた席に座ると、そのままそこで顧客と商談を始めた。 「はい、はい。では、中野が16時にお伺いしますので。はい。よろしくお願いいたします。失礼いたします」 メモを取ると通話を切った。 「ごめんなー縁くん。色々聞きたいことあったんだけど、また今度よろしくね」 じゃ、と片手を挙げると颯爽と立ち去った。 思わず縁はぽかんとしばらく後を見送っていた。 「すごいですよね、織江さん」 円が縁に声をかける。 「デスクにいる時間より、他の部にいる時間の方が長いんじゃないかって。興味があれば、他部署の勉強会にまで顔出すんですよー」 「俺のことまで知ってたね」 「ほんと、どこから聞いてくるのか分かんないですけど、何でも知ってますから。敵に回しちゃ駄目な人です」 「はは。気を付けるよ」 ◇ ◇ ◇ 業務終了後、一息ついた縁は向かいの円に話しかけた。 「今日の飲み会の場所って山根さん知ってるとこ?」 「ああ、はい。何回か行ったことあります」 「そうなんだ。よければ連れてってよ。まだこの辺の地理わかんなくってさ」 「いいですよー。仕事片付けちゃうんでちょっと待ってくださいね」 「ああ。ありがとう」 そんな会話を交わしていると、横から声が掛かった。 「あの、よければ僕もご一緒してもいいですか?」 円の隣の席の、確か新人の宮本佑真だ。 「いいよー。…よし、終わりっと。私顔直してから行くんで、エレベーターホールで待ち合わせでいいですかね」 「了解」 「わかりました」 縁は端末を落として、デスクの上を片付け、バッグを片手にエレベーターホールへ向かった。 少し遅れて佑真がやってくる。 「この辺の地理って難しいですよね。駅はあってるのに、出口間違えると全然違うとこに行っちゃって」 「ほんとだよね。俺、会社に行くルート以外はまださっぱりだよ」 「僕もですー」 そんな話をしていると、円がトイレから出てきた。 「すいません、お待たせしました。さっ、行きましょ行きましょ」 ◇ ◇ ◇ 「では、遠山縁くんと、宮本佑真くんを歓迎して、乾杯!」 「かんぱーい」 あちこちでジョッキやグラスがぶつかる音が鳴る。 「んもー、まさか遠山さんと一緒に働く日が来るとは思いませんでしたよー」 一息にビールを飲み干した円が縁に絡む。 「俺だって愛媛出るとは思ってなかったよ。…っていうか山根さん、ペース早くない?」 「何言ってるんですかー。遠山さんが遅いんですよー!さあ飲んでほら飲んで」 むやみに急かす円。何時ものことなのか、周りは苦笑いしている。 「山根さんと遠山さんは何の知り合いなの?」 「大学の先輩っす。サークルが一緒だったんで」 「え、何のサークル?」 「何だと思いますー?」 「テニス?」 「ワンダーフォーゲル!」 「飲みサー?」 「出会い系?」 「誰だ今出会い系って言った奴!ビール注げ!全部違います」 「古寺仏研究会だったんですよ」 縁が答えを言うと、回りがわざとらしくひっくり返った。 「遠山さんはともかく、山根さんが?」 「祖先の想いにロマンを感じたんですよねぇ…」 円が遠い目をしてどこかを見つめる。 「山根さんにそんな可愛げのある頃があったんだねえ」 「自分でもそう思います」 回りがつられてどっと笑う。 「四国八十八ヶ所巡礼もしたし…たぶん大学時代に徳を積んだから、今こうやって元気にビール飲めてるんだと思います」 「でもインフルには毎年真っ先にかかるよね」 「流行には敏感なんで。って今日は遠山さんと宮本くんが主役ですから!」 奥の方の席で周りと話しながら飲んでいる佑真を見やって、円が手を挙げる。 「じゃあ遠山さんに一問一答!今なら遠山さんになんでも聞けます!宮竹さんからどうぞ!」 「え、俺?うーん、趣味は?」 「筋トレです」 「腕とかすごいんすよー!ちょっと遠山さん腕捲りしてくださいよ」 「え、こう?」 ワイシャツの袖をまくって力を入れる。 「うわーキレてるー」 「細マッチョってやつ?」 「すげー」 「はい次の質問榛名さん!」 と、わいわい賑やかにやっていると、部屋の入り口に男が一人現れた。 「あ、織江さん」 「え、あ、お疲れさまですー」 「お疲れさま」 にこやかに環が片手を挙げる。 「俺も混ざっていい?金出すからさ」 「スポンサーは大歓迎です。どうぞどうぞ」 わたわたと皆が詰めて場所を空ける。 「織江さん、なんでここが分かったんですか?」 「俺の情報網なめてもらっちゃ困るよ…なんて、課長のスケジュール見てたら歓迎会って書いてあって地図も入ってたから。なんか飲みたい気分だし押しかけてみた」 「相変わらずフットワーク軽いですね」 「そう?まあ独り身だからね。一人で飲むのもいいけど今日は大勢でワイワイやりたい気分だったから」 織江も交えて更に賑やかさが増していく。

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