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第38話(最終話)

 鮫島に案内されるままエコバッグを持って歩いて、久しぶりに中学校の前を通った。鮫島と一緒に伸び上がって校舎をのぞく。パソコンルームは相変わらず北側の校舎にあり、プールは案外小さく見えた。 「俺たち、何組だったっけ」 「一年A組だったよ」 「そっか。絶対忘れないと思っていても、少しずつ記憶って薄れていくんだよな。だから春樹の失恋の痛手も少しずつ薄れて癒えていくと思うよ。俺も頑張って癒すし。蒲田ディレクターに赤ちゃんが産まれたときには、一緒に心の底からおめでとうって言おう」 「うん。ありがと」  鮫島は児童遊園に足を踏み入れた。あの日と同じベンチに座り、ラムネのビー玉を落として、吹きこぼれる白い泡に照れくさく笑う。  ラムネで喉を潤してから、鮫島は言った。 「わざと言いそびれていたんだけど、中一の夏まで、俺は和仁灯っていう名前だった」 「うん。なんとなくそんな気はしてた。でも嫌な思い出も多かったみたいだから、訊いていいかどうか迷ってた。灯はなんで言いそびれていたの」 「春樹が違う人を好きになっていたショックで。初恋は黒歴史なんて言われちゃったし」  拗ねている横顔は、十五年前と変わっていないような気がした。 「僕の初恋は小学校のときだよ。告白したら気持ち悪いって言われて、噂が広がって友だちを全部なくした。僕の恋愛はいつだって上手くいかない」 「そうだったのか。でも、これからは上手くいく。俺と恋愛してくれるんだと思ってるけど、違った?」  優しい笑顔でのぞき込まれて、僕は素直に迷いを口にする。 「僕、都合がよすぎないかな。蒲田さんを諦めたから、灯のところに行くなんて、灯を軽んじてるよね」 「俺たちは中学一年生のときからつきあっているんだから、むしろ今が浮気してる状態だろ」  そうなのかなぁと思っている僕の隣で、鮫島は僕の肩を抱き、髪に頬擦りしながら蜂蜜みたいな声を出す。 「俺のところに帰っておいで、春樹。ずっと一人で寂しい思いをさせていて、ごめんね」 「うん」 「俺もそれなりの人数とつきあって、それでもやっぱり春樹を好きだと思って戻ってきたんだ。元の鞘におさまるということでどうかな」 「ああ、モトサヤ、ね」  僕はラムネの瓶に口をつけ、最後のひと口を飲み干した。ビー玉が音を立てて動いた。 「春樹、エッロ! フェラしてるみたい」  その口調は中学一年生の頃の灯とまったく同じで、僕は口に含んだラムネを噴き出しそうになりながら笑った。 「シックスナインする約束だったね」 「キスも。数学の宿題に丸をつけてよ。春樹のおかげで数学は得意科目になった」 「ノートはどこ?」 「俺の部屋」  それならと立ち上がったら、灯がラムネの瓶のキャップに手を掛けた。時計回りにひねるとプラスチック製のキャップがはずれ、中から簡単にビー玉を取り出すことができた。  二本の瓶から二つのビー玉を取り出して、自分の手のひらに転がす。 「これにワイヤーを巻きつけて、ストラップにしよう」 「ストラップなんて、なくしそうで怖くない?」 「気にすることないよ。なくしたら、またここで一緒にラムネを飲んで、一緒にビー玉を取り戻せばいい。忘れたら思い出せばいいし、なくしたら見つければいい。最後にモトサヤに戻れば、それでいい」 「そっか。そうだね、モトサヤに戻ろう」  僕は数学の宿題に丸つけをして、灯の全身に一〇〇回のキスをした。それからシックスナインの姿勢で互いにたくさんフェラをして、向かい合って身体をつなげ、一緒に快楽を追って疾走した。 「両思いって、めっちゃ気持ちいい。俺もしゅわしゅわ」  倒れ込んできた灯の身体を受け止めて、僕もまだ整わない呼吸の合間に同意した。 「うん。これからはずっと一緒にしゅわしゅわだね」  あの日、教卓の下で抱き合い、触れ合う肌の感触に喜んだ自分たちを思い出し、心の中で話し掛けた。  春樹、灯。大丈夫、きみたちは未来でもちゃんとしゅわしゅわしているよ。

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