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第37話

「どういうこと?」 「秋になったら育児支援制度を使わせてもらう」 「え、赤ちゃん? おめでとうございます」  僕は動揺を心の底へ押し込んで、祝いの言葉を述べた。 「ありがとう。諦めた矢先のサプライズだった」 「そっか。蒲田さんが奥さんと赤ちゃんのサポートに専念できるように、僕も頑張るよ。今までいっぱい甘えてたけど、そろそろ独り立ちしなくちゃね」  僕は自分に言い聞かせた。蒲田さんは午後の太陽みたいに優しい目で僕を見た。 「甘えられて悪い気はしなかった。ここだけの話、俺も結構お前に惚れてた。もう俺の秘蔵っ子として抱え込むことはしないから、遠慮せず前へ出ろ、上を目指せ。俺でよければいつでも相談に乗るし、援護射撃もする。方向を間違ったり、踏み外しそうなときは引きずり倒してでも止めてやるから恐れるな。どんどんやれ」 「はい」  背筋を伸ばした返事に、蒲田さんは片頬を上げた。 「経企のディレクターには話はついてる。鮫島本人とは宇佐木が直接交渉しろ」 「はい。話してみます」  ミーティングルームを出て行った蒲田さんと入れ違いに鮫島が入ってきた。 「蒲田さん、パパになるんだって」  話の趣旨はそこじゃない。一緒に情シス部のプレイングマネージャーをやろうって口説くことだ。わかっているのに、鮫島の顔を見たら気が緩んで、僕は声を詰まらせてしまった。  鮫島は柔らかく頷いた。 「俺がいるから大丈夫ですよ。便利に使ってください」 「じゃあ、僕と一緒にプレイングマネージャーやって。情シス部の半分のマネジメントを担当して。蒲田さんが心置きなく育児支援制度を使えるように、僕と一緒に頑張って」  涙声で子どもみたいな拗ねた言い方をしても、鮫島は笑顔だった。 「わかりました。やります」  お揃いのマグボトルでそれぞれコーヒーを飲んでから、改めて経緯や目的、ビジョンやスケジュールなどを話しあった。仕事中は真面目に話しあったけど、帰り道はまたワイヤレスイヤホンを分け合って、同じ音楽を聴きながら電車に揺られた。混雑する電車の中で、鮫島の手が僕の手に触れて、僕は迷いつつその手を受け入れ、指先を絡めた。 「僕、鮫島のところに泊まってくるから、晩ご飯いらない」  帰宅して一泊分の荷物をまとめ、玄関で待っていた鮫島と一緒に商店街を歩く。  スーパーマーケットで食材を買い、さらに鮫島は駄菓子コーナーで瓶ラムネを二本買った。 「懐かしいね」 「うん。あの駄菓子屋は店じまいしたらしい」  自然な言葉に、僕はやっぱりそうなのかと合点した。

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