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第5話

「それから……」  ――言わなければ。  あの時は、飛び込んでしまったけれど。今度はちゃんと、言わなければ。 「それから、今までありがとう。ごめんッ!」  叫ぶように言った僕に、一弥が目を剥いた。 ポケットから出した右手で、ガシガシと茶髪の頭を掻く。 「――なんだ、それ」  手の下から鋭い瞳を覗かせて、低く言う。 「何なんだよ、その台詞はよぉ」  心を射抜くような、無遠慮な眼差し。この期に及んで、僕の胸はドクンッと高鳴った。  この心臓が、憎らしかった。 「……だって……」  だって。この頃ずっと、つまんなそうにしてるじゃないか。二人でいても、昔のようには笑ってくれない。いつもイライラして、舌打ちばかりしてるよ。 「一弥、僕といても楽しくないでしょ?」 「お前はどうよ?」  ハッと言い捨てて唇の片端を上げた一弥に、視界がぼやける。 「ごめ――」  心臓が痛い。涙は溢れて視界を歪めるのに、そのくせ頬を伝いはしなかった。  奥歯を食いしばるようにして僕を見据えていた一弥が、苛立ちを吐き出すように白い息をついた。 「……判ったよ。じゃな」  背中を向けた一弥が、後ろ手にブンブンと手を振って歩き出す。少し歩いてゆっくりと振り返った彼は、何かを言いかけて留まり、暫くの沈黙の後、口を開いた。 「でっかいお世話だろうけどな、お前。今すっげぇブサイクだぞ」  呆れた声で、僕を指差して言う。愛しい響きに心が反応して、幻の刻ときが蘇る。 「ホント、でっかいお世話だッ」  鼻に皺を寄せ、フンと返す。  軽い悪態。こんな事がひどく懐かしい。付き合いだした頃は、よくこんなやり取りをしていた。  いつからだったろう、こんな言葉すら出なくなったのは……。  ニヤリと、僕の大好きだった笑顔を浮かべ、背中を向ける。二度と振り返る事のない後ろ姿が雪に霞む。それを見送る僕の足元が、グラリと揺らいだ。 「……ふっ……!」  口を両手で覆い、しゃがみ込む。流れてくれないと思っていた涙は、既に幾筋も頬を伝い、地面へと落ちていた。 『天使様、たすけて』

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