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第10話
電話を切った後、「俺だって、休みたくて休むんじゃないんだ」と吐き捨てるように呟いた父さんの声に、尚更涙が止まらなかった。
――僕がいなければ、父さんは幸せになれるの?
そう思った事は、今まで何度もあった。だからきっと、父さんも何度もそう思ったに違いない。
会社で僕の為に父さんが怒られているのかと思うと、堪らなかった。
「僕の家族は、父しかいないんです。でも僕は父にとってはずっと煩わしい存在だったから。僕の事で寂しいなんて、きっと思わない。――最近は仕事が忙しくて、毎日夜中に帰って来るんです。二時、三時は当たり前で。顔を合わせられるのは朝だけなのに、それでも互いに、何も話す事がないんだ。何を話したらいいのかが、判らないんです」
沈む僕に、呆れた声が降り注ぐ。
「あなた。えらく弱虫ですね」
ズキンッと心臓が悲鳴をあげた。彼の顔を見返す事も出来ないでいると、顔を背けたらしい彼が、更に言葉を綴った。
「人間の心っていうのはね、そんな単純なモノじゃないですよ。例えば、ウソの笑顔に真実が潜んでいる時もあるし、煩わしい存在が宝物の事もある。俺も昔、あなたと同じ間違いをした事があるけれど、今は大事にしようと思ってますよ」
「――何を……ですか?」
「周りの気持ちと、自分の気持ちです」
バッと顔を向けた僕に、彼はニッコリと微笑んでみせた。
「ねぇ、こうは思いませんか? あなたの大好きな人、偽りの笑顔を浮かべてさえも、あなたと別れたくなかったのかもしれませんよ。必死に笑ってみせて、あなたをも笑わせたくて、懸命に努力していたのかもしれない。あなたのお父さんも、夜中に疲れて帰ってきた時、あなたを起こさないように、あなたが目を覚まさないように、少しの物音にさえも気をつけていたのかもしれない。人の気遣いってのは、簡単には判らないものです。気を抜いていると、雪みたいにすぐに溶けて、姿を残してはくれないですよ」
――一弥の気遣いと、父さんの気遣い。
考えた事もなかった。只、僕といる時に見せる顔が辛そうで、疲れきってて。僕の所為だって、そればかりを考えて……。
「ざわめきが、聞こえるんです」
自分の呟きに、涙が零れる。
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