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第12話

「俺は昔、天使を見た事があるんですよ。まだ学生の頃ですけど。あなたと一緒で付き合ってたカノジョと別れて。それも喧嘩別れして。気分最悪で歩いてたんです。そしたら足元にちっちゃな男の子がしゃがみ込んでて。すっごく邪魔でね。むしゃくしゃしてたし、蹴り飛ばしてやろうかと思いましたよ。苛立ち混じりに『踏んじまうぞ』って言ったら、その子振り向いて、俺を見て笑ったんです。ほっぺを真っ赤にして、ふわぁってね。『うわぁ、天使だ』って俺、思いましたよ」 「え……!」  ――うそっ。  両手で口を覆った僕の足元に、紙コップが落ちる。それを拾った彼は、自分の紙コップに重ねながら言葉を続けた。 「その子を見ててね、思ったんです。もしかしたら、あいつも今頃泣いてるかもしれないって。その子と別れてから急いで元の場所に戻ったけれど、もう手遅れでしたよ」 「――いつ。いつ気付いたんですか? 僕だって」 「そんなの、初めっから。だって、泣き顔全然変わってねぇもん」  フッと笑みを浮かべて帽子と眼鏡を取った彼は、仰ぐように天を見上げた。 「ほら。もうすぐ闇が降りてくる。俺は間に合わなかったけれど、お前はまだ間に合うんじゃないか? どこまでも続くような線路を走っていても、どんなに重くても、俺達はちゃんと、大事に持って行こうぜ。ポケットいっぱいのお菓子をさ」 「あ……」  涙が溢れて、両手を伝っていく。ずっと逢いたいと思ってた、幻だと思ってた天使様が、目の前にいる。あの鋭い瞳で、変わらぬ瞳で、チロリと僕を射抜いた。  ――天使様だぁ…。  ポロポロと涙を流す僕の頭に、ポンと天使様の手が乗っかった。 「大事なモンなら、今度はお前が探しに行け。連れてかれたくなかったらちゃんと探しだせ。捕まえて、決して放すな。――ちゃんと来てくれただろう? お前の父さんは」  コクコク頷く僕に、ニヤリと笑う。手が離れて、再び空へと顔が向けられた。 「お前がもう俺の天使じゃないように、俺はお前の天使じゃないけれど。ちゃんといる筈だぜ、お前の今の天使が。闇は人を不安にさせるけど、明るい時には見えないモノを、きっと見せてくれる」  天を指差した天使様につられて、暮れた空を見上げる。空から舞い降りてくる雪はやさしげで、満天の星のように綺麗だった。 「汝、案ずる事なかれだ」  やさしい呟きと共にトンッと背中が押された。

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