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第13話

「ほら、行け」  ポンッと軽く背中を押されて、僕は手を差し伸べる父さんへと駆け出した。もう冷めてしまったココアを溢さぬよう両手で挟んで、気をつけながらそれでも急いで、駆け寄った。  父さんの手を掴む。  どうして忘れていたのだろう。その手は確かに、あったかだったのだ。  僕を抱き上げた父さんは、僕が持つ紙コップに怪訝そうに眉を寄せた。 「お金なんか持ってなかっただろう。どうしたんだ、そのココア」 「かってくれたの」 「誰が?」  振り返った僕の指は、誰もいない空間を差していた。「あれぇ?」と首を傾げる僕に、父さんは苦笑を浮かべて歩き出した。 「お礼は言ったか?」  その問いに、僕は初めてお礼を言っていない事に気づいた。あんなに話しをしたのに、ずっと傍にいてくれたのに、「ありがとう」この一言を言い忘れた事に、この時になってようやく気がついた。 「今度逢えたら、忘れてはいけないよ」  ――こんど、あえたら。  僕は口の中で呟いて、その言葉をココアと共に飲み込んだ。決して、決して忘れぬようにと念じて、胸の奥へと大事に流し込んだ。  トトッと二、三歩前につんのめった僕は、ハッとして慌てて振り返った。しかしあの時同様に、天使様の姿はもうそこにはなかった。  ああ、やっぱり……。  僕はまた、言い忘れたのだ。大事な言葉だったのに。絶対、伝えたかったのに……。  周りを見回しても、やはり誰もいない。只闇が、そこにはあるだけだ。『お前はまだ間に合うんじゃないか?』  天使様の声が、耳に蘇る。僕は顔を上げ、観覧車を見上げた。  ――まだ、間に合う。  僕は大きく息を吸い込んだ。幸いな事に、周りには誰もいない。この言葉はきっと、天使様に届くと信じた。

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