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④ 7月、昼下がり
試験期間が始まって、部活も休みに入る。
ハルトは単語帳を広げながら、昼下がりの道をバス停に向かって歩いていた。ふと目線をあげると、既にひとり学生の先客がいた。
リョウだ。
イヤホンを付けてこちらには気付いていない。ハルトは手前で足を止めてしまった。
どうしよう。ふたりきりだ。話しかけたい。なんて?試験勉強どう、とか?そんなつまんない会話したくない。どうしよう。リョウだ。リョウだ。
「リョウ」
あれこれ悩み続ける脳を置いて、口からは勝手に一番呼びたかった名前が飛び出していた。
リョウはイヤホンですぐには気づかなかった。呼ばれたような気がする、といった顔で振り返った。ハルトに気付き、意外だったのか目を丸くする。
「ひ、ひさしぶり」
出まかせに頼った言葉はあんまりだったが、ハルトは言いながらリョウの横に立った。リョウはイヤホンを外してハルトを見る。
なにか特別な話があるのかと思っているのかもしれない。話したい気持ちはたくさんあるのに、どこから始めていいかわからない。いつもどうやって話してたっけな?
ハルトが話出さないのを見てか、リョウが口を開いた。
「このまえ、バク転すごかったね」
「え? 見てたの?」
絶対見てないと思ったのに。
ハルトはリョウを覗き込むように勢いよく聞いた。それにすこし驚きながらリョウはうん、と頷く。
「そうなんだ… あ、別にすごくないよ。練習すればリョウだって出来るよ」
「おれが?無理でしょ」
リョウがすこし下を見ながら笑った。
リョウをこんなに近くで見るのは入学した頃以来だろうか。リョウが横で笑っているなんて夢みたいだ。ハルトは話したいことがどんどん出てきて、バスが来てもバスの中でも話し続けた。
ふたりは降りるバス停も同じだった。
リョウは生物部に入ったけどあまり顔を出してないこととか、バイトがしたいだとかぽつぽつと自身のことを話した。
「ねえリョウ。初めて会ったときのこと覚えてる?」
「ん?」
「小学生の時、リョウが転校してくる前。公園で会ったでしょ。リョウ、蟻がどうこう言ってた」
「あ〜〜〜〜。覚えてない」
リョウはパッと顔を明るくして思い出したかのような顔をしたのに、笑いながら覚えてないと言った。
「覚えてないのかよ〜。俺、すごくよく覚えてるのに。変な子だなあ〜って思った」
「ふふ」
「俺は、そのあと何も言わずに一緒に蟻見てるハルトがもっと変な子だと思ったよ」
「ん!? なんだ覚えてるじゃん!」
ハルトはリョウの言うことに翻弄されて思わずため息が出る。
リョウはふふ、と楽しそうに笑ってハルトを少し下から見上げる。
「転校して、クラスに見たことあるやつが居て嬉しかったけどハルトはなんか…人気者だったから」
ハルトは思わず足を止めた。
ふたりが分かれる道もすぐそこまで来ている。
「ほんとう?」
振り返るリョウをハルトが食い入るように見つめる。
「俺、ずっとリョウとこうやって話したかった。リョウは俺なんか覚えてないかと思ってた」
「あはは。なにそれ。ずっと同じクラスだったでしょう。俺も話したかったよ」
リョウがころころと笑う。
笑うと細まる目にハルトは見とれた。
みんなとは違うものを映すその大きな目がきれいだと思う。
ハルトは一歩足を踏み出して、リョウに近づいた。
ぐっと一気に縮まった距離に、ハルト自身も内心たじろいだ。
だけど気づくとハルトはリョウの手を握っていた。
リョウは驚いた顔でハルトを見る。
「これからもっと話そう。明日から一緒に登校しよう。今まで話せなかったこと、いっぱいあるもん」
リョウは目を丸くしたまま、うん、と頷いた。
ハルトのまっすぐな目線に圧倒されてなにも言えなかったけど、かろうじて握られた手を握り返した。
ふたりの距離が手のひらよりも近くなるのは、もう少しあとの話。
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