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第1話
出会いは幼稚園、同じ小中高に通って、大学生で互いに始めた一人暮らしの住居はすぐ近所。
何となく就職した先まで一緒ときたもんだから、最早腐れ縁。
とは言っても俺達は仲の良い友人同士で、所謂親友と言う言葉で言い表せるほど関係は良好だった。
いつだって一番に相談を持ち掛けるのは互いで、この関係を心地よく思っていた。
ずっと、ずっと変わらないと思っていたんだ。
今日この日までは。
「星川 和己 くん!」
今日はそんな親友――市村 颯 の記念すべき三十路の誕生日である。
酒をしこたま呑んで、互いに良いだけ酔った帰り道。
綺麗な夜空を仰いで市村は俺の名を叫んだ。
「何だよ、どうした?」
足を止めた市村を振り返って、俺は首を傾げる。
自宅近くの小さな道で、人気はない。
「プレゼントが欲しい!」
尚も空を見上げたまま市村は唐突にそんな事を言う。
因みに今日の飲み代は俺持ちだった。
二十歳を越えてから毎年プレゼントはお互いにこれだ。
「今日のじゃ不満だったのか?もしかして俺の時の方が高かったとか?」
そんな細かなことを気にする奴だったか、と怪訝に思う。
「いや、それとこれとは別で。」
「何だよ、何が欲しいんだ?」
俺の問いに空に向かっていた視線が下へと落ちてくる。着地地点は俺の眼。
「俺、市村 颯はずっと、ずーっと親友である星川 和己くんのことが好きでした!」
まるで宣誓をするように掲げられた右手を呆けて見つめた。
「…………え」
「もちろん恋愛的意味での好きです!」
「え、ちょっ…」
「諦めきれなくて、こんな歳まで片思いし続けてた。」
俺の話なんて聞く耳持たずに、市村は口を動かす。
上がっていた右手が下がると、同時に市村の頭が垂れ下がり、腰は直角に曲げられた。
「お、おい…」
「俺を振って、諦める勇気をプレゼントして欲しい。」
トントン拍子に進む話は振られる前提であるらしい。
「……俺が振る前提なんだ?」
呆気に取られすぎて、思わず言葉にしてしまった。
「そりゃそうだよ。だって――」
ゆっくり上げられた顔が、見たこともないぐらい綺麗に笑った。
「星川は普通に女が好きで……俺はゲイだけど、星川は違うだろ?可能性がこれっぽっちも無い事ぐらい自覚してる。」
それから気恥ずかしそうに頬を掻いて、チラリと俺を見た。
「三十路でいい加減諦めなきゃって頭じゃ分かってるんだけど、気持ちがついていかなくてさ。だから思い切り振られてスッキリしたいんだ。」
それから突然ごめん、と視線を逸らされた。
待て待て待て………少し落ち着け。
情報過多で頭が追い付かない。
市村はゲイで、俺のことが好きで、今俺は告白されていて、それで…………俺はこれから市村を振る、のか?
そうしたら俺達の関係はどうなる?
人生の半分以上を一緒に過ごした親友を、こんなあっさりと失ってしまうのか?
だが気持ちを知ってしまった以上、これまでと同じような関係を維持出来るのか……?
俺は……いや、コイツは俺に振られた後も隣に居てくれるだろうか………?
「………星川?」
「あ…………」
「何悩んでんの?もしかして同情してくれてる?」
「いや、そうじゃなくて……俺にとって市村は大切な存在だ。でも、その……恋愛対象として考えたことなくて、けど……」
ここで失いたくないと言うのはきっと酷なんだろう。
「……へへ、ありがとう。俺、星川のそういう所好きだ。ゲイなんて言ったら引かれると思ってたし。」
「引いてない!引いてはない、けど………」
どう返せばいいのか、わからない。
「………返事をするのに時間はくれないのか?」
「あげない。ねえ星川、悩まなくていいんだよ?言ったろう、諦める勇気が欲しいんだって。」
「でも――」
「――友達でいるよ。これからも、ずっと……ずっと親友でいるから。」
心境を見透かされた言葉に息を飲んだ。
「だから星川は悩まなくていいんだよ。」
伏せられた睫毛が少しだけ光って見えて、俺はひたすら「ごめん」とだけ呟いて、師走の風が俺達の間を駆けていった。
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