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第6話
「――なあ。……いいよな?」
近付いてくる雅臣に、「何が?」なんて問い返したり出来なかったし、したくなかった。
縺れるようにして、2人でベッドに上がる。
体が熱くて、我を忘れて。
服をどう脱いだのか、脱がされたのかも、憶えていなかった。
熱い両手が僕の顔を手挟んで、あいつの肌を手で辿って、すぐに息があがる。
お互いの荒い息だけが、部屋に充満していくようだった。
互いの体に触れる手を何度もぶつけて、それでもじれったくて、互いを弄り合った。
1つになった瞬間は、衝撃と苦痛と圧迫感とで、知らず、涙が零れていた。
「痛いか?」
親指で頬を撫でるようにして、雅臣が涙を拭う。
心配そうに顔を近付けてきた彼に、僕は首を横に振った。
「嘘つけ」
吹き出した雅臣に、「嘘じゃない」と思わず頬を膨らます。すると彼は、口角を上げたまま僕の頬に唇で触れた。
「涙流しながら言われてもなぁ」
そう耳元で囁いた雅臣が、力を抜いて覆い被さってくる。
「俺、今幸せかも」
「そだね」
繋がったままでお互いを抱き締め合う。
2人の体はしっとりと馴染んでいるように感じて、他には何もいらないとさえ、思った。
それからの僕達は、何度も体を重ねた。行為になのか、相手になのか。そんな事はどうでもいいと思う位、どうしようもなくハマッてい た。
抱かれている時のあいつの切なげな表情が愛しくて、攻めてくる時の欲望を含んだ瞳に恋をした。
2学期が始まっても、みんなの『女』の話にも『経験値』にも、以前のような羨ましさは湧いてこなかった。
それよりもその話の隙を付いて交し合う、雅臣との視線は刺激的で、密かな優越感さえ僕に感じさせた。
女どころか、他の誰にも興味なんてなかった。
――だけど、高2の春。
雅臣から突然、「彼女が出来た」と聞かされた。
それは、今までの行為をもうやめよう、という意味合いも含んでいて……。
その頃になると、2人のセックスはもう欲望を吐き出す為だけの行為となっていた。勿論僕はまだ雅臣を好きだったし、彼を求めてはいたけれど。
だけど、交し合う視線はすぐ逸らされるようになって、2人になると当然のように只体を重ねるだけになった。
あの、幸せで楽しい時間は消え失せていた。
「へえ、よかったね。おめでとう」
口先だけでそう答えて、了承した。
でも本当は、よかったとも、おめでとうとも、全然思ってはいなかった。
涙なんて見せたくなかったし、女々しいと思われたくもなかった。
雅臣の『彼女』は隣のクラスの子で、雅臣と話している処なんて、それまで1度も見た事がなかった。でも、僕から見てもとても可愛い子で、性格も良さそうだった。
雅臣といる時は本当に幸せそうに笑っていて、『ああ、これが正しい事なんだな』なんて。悔しいクセに、達観したような気持ちになってい た。
高2ではなんとか続いた僕達の友情は、高3になってクラスが別々になると、当たり前のように崩壊した。
廊下で会う事もほとんどなくて、別々の友達と過ごすのが当然の事になっていた。
そして高3の秋。
休日に電車に乗り込んだ僕は、思わず足を止めてしまった。降りる仕草さえ、してしまっていたかもしれない。
目の前には、驚いた表情を浮かべる、雅臣の姿があった。
後ろに並んでいた人達に押されるようにして、仕方なく僕は雅臣の前に立った。
「……なんか、久しぶりだね」
「だな」
そう言って雅臣は横にズレて、僕に吊り革を譲ってくれる。
「デート?」
「まあな。そっちは?」
「僕は男3人で映画だよ」
お互い顔は見合わさず、「受験生にも休息は必要だよな」なんて笑いながら、ひたすら窓の外だけを見て話した。
「……映画って、どんな内容?」
「んー。地球滅亡? 的な」
「ありがちだな」
「まあね」
聞きたくなかったので、雅臣へはどこに行くのかの話題は振らなかった。
そしたら話す事なんてなくなって、僕等は黙って流れる街並みを眺めた。
こうやって2人で並んでいると、あの夏の日の事を思い出す。あの時より近くて、少しの揺れで肩だって触れてしまうのに、2人の距離は遠かった。
無言で2駅を過ぎた頃、ボソリと雅臣が呟いた。
「……お前を、思い出す時がある」
それはとても小さくて、意識を他に向けていれば聞こえないぐらいの声だった。
短いその台詞は、だけど、どうしようもない程の威力を持っていて。
ああ、僕はもう、彼にとって『過去の人間』になってしまったのか、と軽い眩暈さえ覚えた。
――僕達はもう、友達ですらないって事?
そう雅臣に問いかけたかった。だけど、「とっくに友達じゃないだろ?」なんて台詞が返ってきそうで、言葉に出来なかった。
僕達は、前の関係に戻るのは勿論、普通の友達にも戻れないって事なの?
自嘲に少し笑って、そして何も言えなかった。
只唇を噛み締めたまま、黙って吊り革にしがみ付いた。
倒れ込んでしまわないように、涙を零してしまわないように、それだけを念じて……。
それからどれぐらいの駅を過ぎたのか、どれ程の人の乗り降りがあったのか。記憶にも残らなかったけれど、気付けば雅臣が降りる素振りを見せていた。
「じゃな」
僕の後ろを通り過ぎる時、雅臣の掌が背中を押した。
それは決して強い力ではなかったのに、僕の体は衝撃を受ける。服の上からなのに、素肌に直接触れられたような錯覚まで起こした。
「……雅、臣」
吐息と共に吐き出しされた僕の呟きは、彼には届かないようだった。1度も振り返る事なく、降りて行く。
動き出した電車から彼を見つめても、雅臣はチラリともこちらに目を向けようとはしなかった。
「好き」
その一言すら伝えられず、僕の初恋は終わった。
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