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第20話

 見下ろす彼の顔は、今まで見せた事もない程切なげで、余裕がなくて、 愛しさが増していく。  彼の願い通り部屋の電気は消し、ベッドサイドのランプだけを点けていた。それでも恥ずかしいのか、途中で目が合うと、すぐに視線を逸らせようとする。 「僕を見て」  囁くと、潤んだ瞳で見上げてくる。顔が朱いのは、仄かな灯りを映しているからだけではないだろう。 「僕だけを見て」  すると瞳が、強い意思を持って大人びた光を放つ。 「見てる」  僕の頬を手挟んで、真っ直ぐと見上げてきた。 「ずっと、見てた」  その告白に、心臓を掴まれる。そう思える程の威力が、その言葉にはあった。  愛しくて愛しくて。  強い独占欲が、込み上げる。  初めての感情に、抗う術もなく身を委ねた。  彼の頭を掻き抱いて、衝動のままに口付ける。口腔内を蹂躙し、歯列を舌でなぞり、舌に絡みつけた。 「せ、ん…せ……」  苦しげな吐息と共に、掠れた声が洩れる。 「藤堂君」  間近に顔を寄せて囁くと、彼は驚いて目を見開いてから、クスクスと笑いだした。 「……色気無ぇ~……」  その台詞をそっくりそのまま返したくなる声音で言う。そして悪戯の色を瞳に宿し、僕に人差し指を突き立てた。 「俺の名は孝太だよ。――(ひろし)さん?」  指を振って言って、途端に顔を赤くする。 「あ、ダメだった。凄ぇ恥ずかしい……」  クスクスと、今度は僕が笑う番だった。 「孝太」  そう呼べば、照れた瞳で見つめ返される。  君の、好奇心を含んだ瞳が好き。  笑う時に、俯く仕草が好き。  人一倍他人に気を使う処も、誰より強い処も、全部好き。  すぐに熱を持つ肌も、小さくて敏感な胸の突起も、触れてほしいと揺れる 彼自身も、全てが愛しい。  腰を撫でるとくすぐったそうに身を捻り、下腹を辿ると、焦れたように片膝を立てた。  その太腿を内側から撫で上げる。 「……あっ……そ、こは」  切なげな表情が、雅臣と重なる。  あの初恋が終わった時。あいつ以上に人を好きになる事なんてないと思ってた。  こんな風に胸が、締め付けられるなんて、思ってもいなかった。 「――こんな時に、誰の事考えてんの?」  手を止めたのを不審に思っているのか、彼が下から睨んでくる。それに笑いを零し、抱き締めた。 「本当に君は。可愛くて、凄いヤキモチ妬きだ」 「はぁ?」  怪訝そうな彼の鎖骨の上に、唇を寄せる。  歯を立て吸い上げながら、後ろにも指を這わせた。驚きに咽喉を反らせ、堪らず掠れた声をあげる。 「……明後日。体育、あんだけど」  恥ずかしさを誤魔化すような苦言も、ただ愛しい。 「見せて。友達にも、色目使ってくる女の子達にも。みんなに君が、僕のモノだと判るように」  僕の言葉に、真っ赤になった彼が顔を顰める。 「……それって、母さんにもってコト?」 「それは困るなぁ」 「でもココ、普通の服でも見えるよね?」  苦笑いで誤魔化し、溢れる彼の蜜で蕾を解す。  お互いに、限界が近い。  痛みになのか、羞恥になのか。声もあげられない彼が、顔を伏せるようにしてしがみ付いてきた。 「痛い?」  問うと、微かに首を横に振る。少しでも楽になればと、胸の突起を口に含んだ。 「……くっ…」  途端に、苦痛の声が洩れる。顔を上げると、瞼をきつく閉じて、苦悶の表情を浮かべていた。 「孝太?」  薄く目を開けた拍子に、涙が零れ落ちる。 「先生。俺、女みたい……?」  欲望に震える体に反して、辛そうな表情のまま問いかけてくる。僕の名前を呼んでいない事にも、気付いていないようだった。 「どうして?」  驚いて訊き返すと、「だって」と瞼を閉じた。 「俺、男なのに。凄ぇ感じてる。早く……入れてって、そんな事ばかり、 考えてる」  はらはらと、本当にその表現がピッタリだと思える程、涙が静かに流れていく。 「女みたいに、只先生を欲してる」  どうしよう、と言う彼の呟きと同じ物を、僕も感じていた。  ――どうしよう。今すぐにでも、君が欲しい。  強引に突いて、滅茶苦茶に……君と一緒に、イきたい。  ズクンとした重みを伴って、痛いくらいに腰に血が集中する。  必死に余裕の笑みを浮かべ、「大丈夫」と囁く。堪える辛さに、額に汗が浮かんでいるのが自分でも判った。  彼を傷付けるのだけは、嫌だったから。自分の欲望は、無理矢理捻じ伏せた。 「君が好きだよ。男だから『欲望』に正直な、そんな君が好き」  小さくキスを落としてから、解す方に意識を戻す。今すぐ欲しいと思っていても、初めての異物感に、彼の体は拒絶の色を増していた。 「孝太。大丈夫だから、力抜いて」 「……う…ん……」  浅い息を繰り返し、それに合わせて他にも刺激を与える。やっと解れたと思っても、僕自身を宛がうと、体はすぐに硬くなった。 「孝太」 「も、う。無理矢理にでも、入れ…て」  限界だ、と首を左右に振る。  彼の腰を持ち上げ、ゆっくりと挿入していく。その窮屈さに、彼と同様、僕も息を呑んだ。  揺するように勢いを付けていかなければ、入っていかない。この行為に苦痛しかない事は、僕の両腕を必死に掴んでいる彼の手からも明らかだった。 「……ごめん……」 「……何……謝って…ん、の……?」  潤んだ瞳で睨みつけてくる。だがすぐに、痛みにきつく閉じられた。  さらに格闘を続けて、やっと全部が収まる。その瞬間には、思わず2人で深い溜め息を洩らしていた。  目が合って、同時に笑いが零れる。 「すっげー痛ェ」  目尻に溜まった涙を拭いながら、それでも笑ってくれる。  彼の頭を撫でて、流れた涙の痕を親指で拭った。 「よく頑張ったね」 「……え? これからでしょ?」 「そう、これから。ここからはちゃんと、気持ちいいから」  言いながら、今まで等閑にされていた彼自身を指で撫で上げる。 「……ぁ…っ」  思わず洩れてしまった声に、自分で驚いている。 「ちゃんと感じて、夢中になって」 「……セックスに?」 「いや僕に」  吹き出すように笑って、首に腕をまわして抱き寄せられる。 「ならもっともっと、俺を夢中にさせてよ」  子供のように無邪気な声。  はしゃぐようなその言葉に煽られて、腰を動かし始める。小さく声を洩らす彼は、しがみ付くようにずっと僕の背中に手をまわしていた。  幸せな気持ちと荒い息、濡れた音と切なく響く嬌声の中、僕達はやっ と、2人で本当に結ばれた。

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