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甘く深い接吻から(4)

「――キスして、いい?」  あの夜と同じ言葉で始まったその行為は、二度目であってもやっぱり嫌ではなかった。俺の返事を待ってから俺の頬に触れた彼の体温をぼんやりと感じながら、唇を触れ合わせる。幾度かの触れ合うだけのそれを繰り返し、俺の唇が薄く開いた隙を狙って、碓氷の舌が口内へと挿し入れられる。俺の歯列を舐り、その奥へ。ぞわり、とした快感を呼び起こす口蓋に触れるそれに、息が漏れる。俺の舌を絡めとるように伸ばされた彼のそれに触れれば、彼の腕は俺の頭を掻き抱くようにきつく回された。 「んっ、――ふ、」  触れ合わされた唇の隙間から漏れ出す声は、どちらのものか。柔らかな二人分の舌が溶け合うのではないかというくらいに絡み合って、俺の舌は彼の口内へと迎え入れられる。俺のそれが彼の唇で吸い上げられる度、舌の裏を舐られる度に、どこか淫猥な色を持つ水音が響く。きっと、彼の掌が俺の耳を塞いでいるせいだ。ダイレクトに脳へと響くその水音に、何も考えられなくなった頃、彼の唇は俺のものからゆっくりと離れていく。碓氷と俺の間に細い銀糸が渡り、切れた。嬉しそうに蕩けるような笑みを浮かべる碓氷の瞳にピントが合い、彼はしずかに笑みを浮かべてゆっくりと先程まで俺を犯していた唇を開く。次に告げられる言葉を想像して、既に上気して熱を持った頬が勝手に火照るのを感じていた俺へ、彼の言葉は俺に染み込むように静かに――けれど烈しい欲を含んだ色で、俺に届けられた。 「――直人、セックスしてもいい?」  笑みを浮かべ眼前に座る男の瞳には、雄の欲がまざまざと映し出されていて、その瞳の中には俺がいた。きっとそこに映る俺の姿は、彼に与えられた快感で頬を染めて快感に喚び起こされた涙で瞳を潤ませる女のようなのだろう。静かに一度、瞳を閉じてから俺はゆっくりと小さく笑みを浮かべて見せる。 「いいよ」  少しだけ震えた俺の声に、彼はゆっくりと笑みを浮かべて「優しくするよ」と俺の頬を撫でた。その指先は、するりと首筋を渡り俺の着ていたシャツのボタンへと向けられる。ひとつひとつ、そのボタンを外していく彼の指を見つめながら、俺はこの男に抱かれる事を見せつけられている気分にさせられて、小さくごくり、と唾液を飲み下した。それは、いつもの自分のものよりも硬く感じられて。碓氷にされるがまま、シャツが肌から離れていく事を感じていれば――彼は俺の目の前でTシャツを脱ぎ捨てる。互いに上だけが裸になった姿のまま、俺たちはベッドの上で向かい合う。熱を孕んだ男の瞳が、俺へと向けられていた。 「男の裸なんてそんな見たって……」  そう口に出してから、俺はあー、と言葉を零す。碓氷が纏うジーンズの下に息づく兆しを見つけてしまったから。「勃つんだったな」重ねて告げた俺の言葉に、碓氷は欲を隠そうともしない瞳を細めて、口元に笑みを浮かべる。「バレた?」楽しげに、しかし柔らかくそう口にした碓氷に「そりゃぁまぁ」とだけ返せば彼はゆっくりと両腕を広げ俺をその腕の中に閉じ込める。肌同士がこんなにも触れ合う事なんて、俺にとっては初めてで。布の隔たりが無い体温を否が応でも感じさせられる。俺を抱きしめた両腕はするりと俺の背をなぞり、ジーンズの隙間へと指が這う。触れるか触れないかの柔らかな動きで俺の肌を撫でる碓氷の指に、俺はざわりとした感覚を覚え肩を震わせた。耳元に唇を落とされて「好きだよ、本当に」なんて囁かれれば、言葉の意味よりも彼の吐き出す音の振動にぞわぞわとする感覚が走る。けれど、それは不思議と不快感はなく――感情のどこかでそれを求めている自分がいた。 「――ふぁ、……んっ」  ゆっくりと口内を貪られ、甘さを孕む声を漏らしながら、俺は気付いていた。きっと――もう、元に戻る事など出来ないのだと。俺の唇を喰み、その奥を貪っていく男に二度教えられたそのキスも、これから刻み込まれるのだろうセックスも、きっと覚えさせられてしまえば――彼と友達としての関係には戻る事など出来ないのだ。それでも俺は、彼の指がジーンズのボタンに掛かった事を知りながら、彼がしたいようにさせた。夜は始まってしまったのだから。 「ちゃんと、感じてくれてたんだ」  ジーンズが寛げられれば、ボクサータイプの下着の下で硬さを主張し始めている俺の中身へと視線が落とされる。碓氷の言葉に返す言葉を見つけられなかった俺は、薄い布一枚越しに落とされた彼の唇の感触にびくりと足を震わせてしまう。そんな俺の反応に気を良くしたのだろう彼は、今までよりも少しだけ荒っぽい動作で俺のジーンズと下着を剥ぎ取りそのまま空気に触れてひくりと震えた俺の陰茎へと再び唇を落とした。左右の内腿を掴む手は、やんわりと腿を揉み――彼は俺の先端へと唇を落としたままでちろりと舌先で俺の鈴口をノックする。自分の手で与えるそれとは全く異なる知らない快感に漏れ出す声は俺自身にも止めることが出来なくて。快感が通り過ぎる度に震え、閉じようとする足は彼の手によって止められる。先端を舐る彼の表情は、過ぎた快感に背を剃らせてしまう俺からは見えず、俺の陰茎は熱く柔らかなものへと迎え入れられた。 「――っ! や、くわ……っ!」  俺の言葉は快感に途切れ、碓氷は俺の唇を犯したそれで俺の中身を擦り上げる。俺の手の中で、シーツがくしゃりと歪んでいた。「やめ……っ」ようやく吐き出した言葉は彼に受け入れられることはなく、俺は呆気なく碓氷の口の中で果てたのだ。 「濃いね、溜まってた?」  喉を鳴らし――考えたくは無いが、俺の吐き出した精を飲み下したのだろう――笑みを含んだ声でそう問う碓氷は自身の唇を舌で舐めながら俺を見つめる。「――あんまり、自分でしない」雄の欲を浮かべた彼の瞳に射抜かれて、俺は快感にクラクラする脳で考えることも出来ずに言葉を返す。 「でも、ちゃんと俺で気持ちよくなってくれて嬉しいな――優しくするつもりだったけど、がっついちゃった」  ふへ、と気の抜けたような笑みを口元に浮かべながらも、彼の瞳は欲望にギラギラと輝いていた。そんな欲に満ちた視線に晒されて、俺の心臓は強く脈を打つ。俺の背をシーツに沈めさせてから、一度吐き出してもまだ張り詰めたままの俺をするりとひと撫でした彼の指はゆっくりとその奥――男の俺が、彼の欲を受け入れる事ができる場所へと這わされる。指一本がゆっくりと周囲をなぞる感覚に、そこはひくりと蠢き存在を主張してしまう。「――かーわいい」ポツリと股の間から漏らされた碓氷の声に、自身の尻を注視されている事に気づいた俺の頰はカァッと熱くなって、見られているのは顔じゃないというのに気付けば自分の両腕で顔を覆っていた。今まで経験した事のない恥ずかしさに、彼がどんな顔をしているのかも見ることができなくなっていたのだ。少し冷たい液体がかかる感触のあとでふにふにと、ゆっくり押すようにその穴を触っていた彼の指が大事なものを触るように、ゆっくりと、慎重にその中へと入って行く事を感じた。異物感が拭えないその指を感じながら、彼の指が腸内で蠢き始めた事を知る。「――ん?」思わず漏らしたといったような声のあと、彼は俺へと疑問を投げるように言葉を重ねる。「もしかして、自分で準備した?」彼の言葉に、頬が更に熱くなっていく事を感じながら、両手の隙間から俺は声を漏らす。「――知り合いに、やり方聞いて……そっちの方がいいかと思って」家に泊まらないかと誘われた日から、薄々こうなるだろうことは分かっていた。だから、叔父の彼氏であるハナさんからメールで教えてもらった準備の仕方を携帯片手に実践したのだ。気恥ずかしさに萎んでいった俺の答えに「だから一回家帰るって言ってたんだ」と何かに納得したような声色で言葉を返す彼は「今度から俺がやるから、そんなに準備しなくてもいいからね」なんて重ねて告げたのだ。そうして碓氷はまた俺の中へと指を挿し込んでいく。恐らくローションなのだろう滑りを借りて、俺の中に挿し入れられていく指の感触は大きくなっていく。そのどれかが、俺の中にある何かを掠めていった。「――っ!」びくりと身体全体が震えるような感覚が走る。顔を覆ってた両手は、過ぎた快感に再びシーツを握っていた。「ここ、前立腺だね。直人の気持ちいいとこ」嬉しそうに、甘さを孕む声でそう俺に教えてくれる碓氷の指は慈悲もなくその前立腺をゆっくりと刺激するように幾度も押さえていく。その場所に彼の指が押し込まれる度、俺の身体は震え――言葉にもならない吐息と嬌声が漏れていく。過ぎた快感に涙が溢れている事を、俺は頬を伝っていった雫の感触で知った。碓氷の指が俺の中にある快感を刺激していたと思えば、もう一方の手はその存在を主張するように天を仰ぎ雫を溢していた俺の中身を撫であげる。前と後ろ、そのどちらともを刺激され、俺は声を上げる事しか出来ずに果てた。 「ねぇ――挿れていい?」  腹筋の上に散った俺の精を刷り込むように俺の腹を撫でた碓氷は、それだけを口にして俺の答えを待つ。何を、どこに挿れるのかなど、野暮なのだろう。そんな事を言って、俺が嫌だと答えたらこの男はどうするつもりなのだろう。快感で思考が散り散りになっている脳は、そんな事を考える。「いいよ」考えるよりも先に出た俺の言葉に、ずっとジーンズの中で窮屈に仕舞われていた彼のそれがようやく露わになった。 「このまま、挿れるね」  手慣れた動作で欲の象徴へと薄い膜を被せた彼は、尻に感じる冷たいローションの滑りを借りて、俺の中へと挿入ってくる。指とは違う大きさと熱さをもったそれは、俺の中を押し広げていく。「ぁ――、っ」思わず喉から迫り上がる声は抑えきれずに背を逸らせた俺の腰を、彼は逃げないようにとでもいうかのようにがしりと掴む。奥まで這入り込んだ彼は、そのまま俺に覆いかぶさるように肌を触れ合わせる。俺と彼の腹に挟まれた俺の陰茎はびくりと震えた。 「――なおと」  俺の名を口にする碓氷は、蕩けるように甘い笑みを浮かべてそこかしこへと唇を落とす。「こんな日が来るなんて、」ポツリと呟いた彼は、俺が言葉を返すよりも先に俺の唇を貪った。「ん――っ! ふ、」前立腺を嬲るように始まったその抽送に漏れる声は、全て彼の口腔へと消えていって。胎内と口内を同時に侵されていけば、思考が快感に染まってく。口付けと口付けの一瞬の隙に出せたものは、高く甘えた嬌声だけだった。 「すきだ、好きだから――俺のこと、好きになって」  碓氷の吐き出した言葉の意味を考える余裕なんてどこにもなくて、俺は一方的に碓氷から与えられる快感に三度目の精を吐き出した。彼もその薄い膜越しに欲を吐き出していて、ずるりと抜き出した彼の陰茎に被せられた膜には欲望の象徴が溜められていた。 「うす、――ひろや」  深く考える事を放棄した俺は、過ぎた快感を教えられて火照る身体とぼんやりする思考のままで彼の名を呼ぶ。彼が俺の声に気付いているのかいないのかも考えないままに、彼が望んでいるのだろう言葉を続けた。 「好きだよ」  彼がこの言葉を望むなら、俺は何度だって伝えようと――そう思っていたのだ。

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