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そっと隠した、愛のことば(1)

 初めて舞島と身体を繋げた夜のあと、彼は俺の家で眠ることが多くなった。最初は週に一度程度、それが二度になり――半分程度になるまでにはそれ程時間はかからなくて。それにならって、彼の持ち物が俺の家に増えてきた事が俺にはどうしようもなく嬉しい事だった。季節は春が過ぎて、短い夏が終わろうとしていた。 「そういえば、舞島って実家だけど大丈夫なの?」  何となく気になって訊ねた俺の言葉に、触れるか触れないかの距離で隣に座って文庫本を開いていた彼は「んー」と少しだけ学校にいる時よりも気の抜けた声を返す。「別に平気だろ、二十歳過ぎた男だぞ」紙面に視線を落としたままで返される言葉に、そんなもんかと俺は頷く。「母親からは「避妊しろよ」って言われたけど」事もなげに重ねられた彼の言葉に俺は思わず吹き出した。「言うに事欠いてそれ!?」つい口に出してしまった俺の言葉に「ヤッてもデキねぇのにな」と喉で笑いながら舞島は言葉を返す。男同士の関係で、子供が出来たら流石に驚く。ポツポツと零していく彼の言葉から推察するに、彼の家は何だか愉快そうなそれで。どこかズレていて、けれどその家の中で君臨する母とそんな母を笑いながら見守る父。そして彼の片割れである双子の妹。「おおらか……なんだね?」俺は自分の実家にいる両親の事を思い出して、うちじゃぁ絶対無理だな。なんて感想を抱く。多分、まず男と付き合ってると言うところで一波乱起こりそうだ。彼に男同士の準備を教えたのは彼の叔父カップルであると言うし、その親戚と舞島が交流を持てる程度には断絶していないようだった。ウチだったら、そんな親戚が居たらそこで付き合いはなくなるんだろうな。なんて思いながらも彼が口にする家族の話に相槌を打つ。 「そもそも、うちの母親が学生時代に似たような事してたらしいから何も言えないだろ」  ぼそ、と吐き捨てるように言った彼の言葉に、俺はどう言葉を返せばいいのか迷ってしまう。「そうなんだ」と毒にも薬にもならない相槌を打ってしまった俺に、彼は小さく笑って「まぁ、それがなけりゃ俺は居ないんだけど」と零すのだ。独り言のようなそれを最後に、彼は文字に埋められた世界へと戻っていく。俺は、最後に呟かれた彼の言葉の意味が、いまいちよく分からなかった。彼の両親は大学時代から付き合っていたのだろうか、それとももっと別の意味があるのか――彼と仲が悪くはなさそうな両親のいきさつを語るには少しだけ苦しげな表情を浮かべながら呟く彼の横顔は、もういつもの無表情へと戻っていた。彼がゆっくりと紙面を繰る姿を見つめていれば、彼は俺の視線に今気づいたとでもいうようにゆっくりと俺へと視線を向ける。強い意志が光る黒い瞳が、俺の視線と絡む。「なんだよ、じっとこっち見て」呆れたような声で俺に言葉を投げる彼の唇にゆっくりと俺のそれを触れさせてすぐに離せば、彼は小さく笑ってから俺の唇へと荒っぽい動きでむしゃぶりついた。 「――は、っぁ」  互いの唇を――口腔を貪るように重ねられた口付けは、互いの体温を上げるのには充分で。どちらのものかもわからない唾液は俺たちの間を繋いで消えた。求めるように伸ばされた彼の手は、俺の服を掴み――俺は彼の頭を掻き抱くように腕の中へと彼を閉じ込める。早急な手つきで互いの服を脱がせば、一本の糸すら阻む事なく触れ合う肌に彼の興奮が伝わってくるようだった。熱を帯びた彼の肌を撫であげれば、ぴくり、とその感覚を拾い上げたかのようにその身を揺らす。普段の彼からは考えられないような、熱い視線が俺に向けられていた。 「直人、好きだよ」  耳元で俺がそう囁けば、彼はどこか甘い色を含む声色で「俺も」とだけ零す。普段の彼からは考えれないくらいに熱を帯びたその視線を見るのが、俺はとても好きだった。あの夜から数え切れないくらい重ねた彼の身体は、とても素直に俺から与えられる刺激に反応してくれる。――彼の身体をそう作り替えたのは、俺だった。ゆっくりと乾いたスポンンジに水を染み込ませるように、何も知らない彼に快感を教えていったのだ。俺から離れていかないように。 「ひろやぁ」  ゆっくりと肌を撫で、時折啄むだけのキスを落とす俺に、舞島はどこか焦れたような声で俺の名を口にする。大きく広げられた足の付け根では男の象徴が緩く勃ちはじめ、その下では俺を誘うように菊座を蠢かせていた。「こっちも」強請るように短く溢された言葉に、俺は笑う。「――どっち?」男根か、それともその下のものなのか。皆まで言わず俺が問えば、彼の頬は朱に染まる。「――っ」一瞬躊躇い言葉を呑んだ彼はしかし、この先にある俺に教えられた快楽を選んだ。「尻の方……」小さな声だった。それでも、彼の言葉は俺の耳にハッキリと届いていて。その言葉に短く了承を伝えれば、俺は彼の菊座へと口付ける。 「――ばっ! きたな……ッ!」  今まで指でだけ刺激をしていたその場所に口を付けた俺へ、驚いたように声を上げる舞島を黙らせるように孔の中へと舌を挿し入れる。彼のそこは、何かを挿れられるという行為に既に慣れきっていて――俺のものをきつく、けれど柔らかく包む。俺は、彼が俺の家に居る時は毎夜一人でそこを準備している事を知っていた。何度俺がやると言っても頑に自分で済ませてしまう俺と彼の妥協点は洗浄まで。大体毎晩この行為は始まってしまうけれど、毎日やると言う約束はしていない。それでも彼は、準備を続ける。そんな彼の律儀な所が、俺は好きになっていた。挿し入れた舌を指へと変えて、彼が快感を得る場所を幾ども押し広げていく。そんな俺の指の動きに、彼は高く甘い声を上げながら「はやく」と俺を求めるのだ。部屋の中で熱病に浮かされたように求め合う俺たちは、その瞬間だけ世界と隔絶されていた。俺の欲を彼のその場所へと静かに押しやれば、彼の菊座は俺のものを誘うようにひくりと動く。そんな彼の反応に思わず笑みが溢れる。彼の中を押し広げるように自身をゆっくりと胎内へと挿れていけば、彼の中は俺のものを奥へと誘うように蠕くのだ。「あっ……」求めていたそれが与えられた事に小さく声を漏らした彼は「もっと」と熱に浮かされた瞳を俺に向けて小さく強請った。言葉は小さくとも、彼の中はもっとわかりやすく俺を求めていて。そんな彼の素直な身体に気を良くした俺は腰を大きく揺らす。彼が漏らした息を呑む音がやけに大きく聴こえたと思えば、前立腺を削る快感に染められた甘い吐息が上がり始めていた。俺のものを包む肉壁の薄い膜越しでもわかる快感と、こうならないと見ることが出来ない熱を孕み快楽に溶ける舞島の姿を見る興奮で俺の動きは次第に大きく荒いものになっていく。彼の鍛え上げられた事がよくわかる六つに割れた筋肉の下で、俺の欲は更なる熱を孕んでいった。彼の腹がびくりと痙攣し、空気に晒された彼のものから白濁が溢れるのと同時に、彼の胎内はきつく俺を締め上げる。その刺激に俺も彼の中と俺を隔てる膜の中へと欲を放った。 「――俺がやる」  は、と熱い息を吐きながら、ゆっくりとその身を起こした舞島は、彼の中から抜き出したばかりの俺のものに指を伸ばす。ゆっくりとした手つきでまだゆるく勃ったままのそれから彼と俺を隔てていた膜を取り去っていく。そして、そのまま俺の肉棒へと唇を落とした。「ちょ、」思わず止めようと声を上げる俺へ、彼はまだ熱の冷め切らない瞳をこちらへと向ける。俺の先端を舌先で舐め上げた彼は、少し不満げに「お前は俺にやるのに、俺がお前にやっちゃいけないのか?」と口にする。そうしてそのまま俺の答えも聞かずに、彼は形の良い唇を開き俺のものを咥え込んでいった。

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