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第1話
「せっかくの年末年始だってのに一緒にいてやれなくてごめんな」
クリスマスも過ぎ、いよいよ年の瀬を感じはじめるようになったある朝。
夫の清高 が申し訳なさそうに謝ってきた。
リビングをあちこち往き来しながらネクタイを締め、書類や荷物を手早く鞄に詰めていく。
清高の手つきは慣れたもので、それほど大きくもない鞄に次々と色んなものが入っていく様子はいつ見ても鮮やかで感心させられる。
丁寧にアイロンがかけられたハンカチを手渡しながら、穂 はううんと首を横に振った。
「仕方ないよ、仕事だもん」
尾村穂 の夫、尾村清高 はツアーコンダクターだ。
旅行会社が主催するパック旅行や、国内、海外への団体旅行、所謂ツアーに同行し、参加者が安全に旅行を楽しめるように観光案内や現地でのいろいろな手配などを行うのが仕事。
当然クリスマスから年末年始にかけてのこの時期は繁盛期。
今日もこれから年末カウントダウンツアーの添乗員として、南半球の羊が多い国へ行くことになっている。
寂しいのは正直な気持ちだが、清高は穂と出会った大学時代からずっとこの仕事に就くのが夢だと言っていた。
清高は誰とでもすぐ仲良くなれる高いコミュニケーション能力を持っている明朗快活という言葉が相応しい自慢の夫だ。
且つ頭の回転も速く、英語を含め4カ国語くらいはペラペラ。
治安の悪い国で万が一の事があった時、客の身を守るためにと、格闘技をしているためスタイルも抜群にいい。
おまけに顔は絵に描いたように爽やかな男前。
穂はツアーコンダクターという職業ほど清高にぴったりなものはないと思っている。
反対に、穂はとりわけ明るい方ではないし清高のような能力は全くない。
身長だって高くないし、筋肉なんて皆無。
顔は童顔で清高と新婚旅行で行った国では、何度も清高の妹に間違われたくらいだ。
しかし清高からプロポーズされ、穂を生涯のパートナーとして選んでくれてから穂自身も何かできることはないかと考えた。
元々の料理好きを活かし、食事の面から彼をサポートできるよう栄養学を学び、資格を取ったのだ。
海外で仕事中の清高の食生活は、きっと想像以上にひどいものに違いない。
だからせめて日本に帰ってきたときに、家でゆっくりと美味しくて栄養のあるものを食べさせてあげたいと思ったのだ。
去年までこの時期に夫は殆ど家に居なかったが、今年のクリスマスの夜は奇跡的に二人きりの時間がとることができた。
お洒落なレストランなどは予約はできなかったが、穂特製のクリスマスディナーでささやかなお祝いをして、一緒にお風呂に入ってベッドに入ってからは、明け方近くまで熱い濃厚な時間を過ごした。
クリスマスの時期に清高と一緒にいられるなんて滅多にない事で、穂はもうそれだけで充分幸せだと思っていた。
「今年はクリスマス一緒に過ごせたし、僕は大満足だよ」
穂からハンカチを受け取りながら、清高が嬉しそうな、少し困ったような表情を浮かべた。
「穂…」
それに、今年の年越しは去年とは違い全くの一人きりというわけではない。
清高の父親…義父がやってくるのだ。
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