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第3話

義父、尾村清司(おむらせいじ)は元自衛官。 今年の夏、定年退職を迎えたばかりだ。 といってもまだまだ働き盛りの五十代。 自衛隊という職業は特殊で、常に精強さを保つ必要があるため定年が一般企業より早めに設定されているらしい。 義父も一等陸佐まで階級をあげ、今年の夏、56歳という年齢で定年退職を迎えたのだ。 自衛官は退職してから別の職業に再就職するのが一般的らしいが、このご時世再就職先を見つけるのもなかなか厳しいらしい。 また運よく働けたとしてもすぐにまた定年を迎えることになる。 そこで、義父は再就職する代わりに以前から興味のあったマンション経営を始める事にしたらしい。 「マンション経営にも色々規約があってね、準備が色々大変なんだけど今はそれがかえって生き甲斐になってるんだよ」 清高を送り出すと同時にやってきた義父は、穂の緊張をほぐすように自ら自分の近況を語ってくれていた。 「そうですか」 ダイニングテーブを挟んだ反対側で、穂は時折相槌を打ちながらも緊張を解けないでいた。 当然だ。 こうやって義父と一対一で対面するのは初めてだし、二人きりで話すのも初めてなのだから。 穂はドキドキとしながら義父の顔色を窺っていた。 改めて顔をまじまじと見るのも初めてだがさすが自衛隊という特殊な職業と、人生の波風を経験してきただけあって、貫禄と渋さを持ち合わせた清司(せいじ)は夫の清高(きよたか)とはまた違った魅力を放っている。 日に焼けた身体も鍛えられていて男らしいし、姿勢もとても美しい。 普通に椅子に座ってお茶を飲んでいるだけなのに、映画のワンシーンを見ているような気分になってくる。 身体つきだけじゃない。 清高と同じく顔も男らしい。 もともとが若見えするタイプなのだろう。 彫りの深い顔も精悍でキリッとしていて、円熟した大人の色気を感じさせる清司はとてもじゃないがシニア世代とは思えなかった。 こうしてじっくりと義父の顔を見て気づいたことがある。 清高は父親似だ。 誠実さを表したような目元なんかそっくりだし、鼻の高さや唇の形だって清高そのもの。 髪型や声のトーンは違うが、確かに清高の面影がある。 正しくは清高が似ているのだけど… 形の良い唇をじっと見つめながら、さっき夫に行ってらっしゃいのキスができなかった事をぼんやりと思い出していると、その唇がフッと弧を描いた。 「ところで、清高とはうまくやっているかい?」 義父の質問に、穂はにこりと微笑んだ。 「はい。とてもよくしてもらってます」 「せっかくの新婚だっていうのに一人では寂しいだろう?」 「清高と…清高さんとは結婚する前からこうなる事をちゃんと話し合っていました。それに今の仕事は彼にとってずっと叶えたかった夢です。僕はそれを応援したいと思っています、これからもずっと」 穂の答えに義父もにこりと微笑む。 笑った時の目元のシワの寄り方まで清高そっくりだ。 「そうか…清高は良いお嫁さんをもらえて幸せだな」 「いえ、とんでもないです。僕なんかをもらってくれた事に本当に感謝してるんです」 「慎ましくていじらしいなぁ。清高が羨ましいよ」 義父の言葉に穂は照れ笑いを浮かべると、数分前までほんの少し憂鬱な気分を抱いていた自分を呪いたくなった。 と同時に、どうして今までこんないい人とコミュニケーションを取っていなかったのだろうかと後ろめたい気さえしてくる。 優しくて気さくで、話しやすくていい父親じゃないか。 こんないい人となら何日だって上手くやっていけるし、距離だってグッと縮まるだろう。 「お義父さん、狭い家ですけど自分の家だと思ってゆっくり過ごして下さい。夜はお鍋にしようと思ってるんですけど大丈夫ですか?」 「あぁ、ありがとう。家事は家内に任せっきりだからね。食わせてもらえるだけでありがたいよ」 気さくで、穏やかで清高と同じ面影を持つ義父に対して、穂が胸襟を開いてしまうのは当然の事だった。

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