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第1話

   目が醒めてしまった。  何とも気持ちよく、すんなりと目が開いた。  時は深夜を過ぎた辺りだろうか。  (かのと)は不思議な気持ちのまま、寝床から身を起こし、部屋の外の楼台の手すりに身を預ける。  寝着一枚では少し肌寒いそんな気候の中、髪を少し揺らす程度の、ゆるく暖かい風が吹いていた。  混ざるのは、ほのかに香る、花の香り。  (かのと)は味わうかのように、その芳香を吸い、細く吐き出した。  ついた息を追うように、視線を上げる。  薄い雲が何層にも広がっていた。その真中にあるほのかに霞む月が、空の陰影を濃く、または淡く彩る。  濃淡な雲の影は楼台にも映り、深夜にも関わらず、辺りは微かに淡く、明るさがあった。  再び温暖な風が吹いた。  まるで柔らかく質の良い綿毛のように、自身を暖かく包んでくれる。  それのなんと心地良いことか。  こんな夜は、人肌が恋しくなる。  甘やかな春の香り漂う、暑くもなければ寒くもない気候の中、触れる人肌の心地良さが、風の心地良さと相俟って、より恋しくなる。  思い出すのはただひとり。  彼の春の宵に似た色の髪が、春の微風に靡かれるところを想像し、(かのと)は小さく息をついた。  靡かれる髪を気にして手で押さえながら、微笑むその姿はきっと情景だろう。 「……(かのと)?」  その声に、(かのと)は思わず息を詰めた。  声の主の方に振り向けば、確かに先程、思い描いていた彼が目の前にいた。 「まさか、起きているとは思いませんでした」  まぁ、起きていなくても叩き起こそうかなと思っていたんですけどね、と優美な笑みを浮かべて彼は言う。  深夜なんとなく目が醒めてしまった、ただそれだけだったのに、どうして彼はそこにいるのだろう。  確かに会いたいと思った。  この巡り合わせがこわいくらいに、心の中から嬉しさが湧き出てくる。 「……このような時間に、どうしたのですか? 咲蘭(さくらん)」  (かのと)の言葉に、咲蘭(さくらん)は小さく息をつく。 「どうも目が冴えてしまって」  (かのと)の目の前にすっと差し出されたのは、一升瓶。 「いいものを、持ってますね」  咲蘭(さくらん)は優雅に微笑んでこう言った。 「……お付き合いいだだけますか?」 「ええ、喜んで」  咲蘭(さくらん)の笑みに笑みで返して、(かのと)は自室へと促した。

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