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初めてのキス

 授業中にスマートフォンが振動する。すぐに取り出すと、裕二くんからだった。待ち受け画面に表示された〈授業、ひまだよ〜〉というメッセージをタップすると、自習中なのか教室でピースサインをする画像も一緒に現れた。  今日も可愛いなぁと、側から見ればきっと気持ち悪い顔をしている俺は、彼の家庭教師をしている。大学三年の俺と高校一年の彼は、恋人ではない。だが、セックスは何度もしている。 完全に淫行。でも、まだまだやめれそうにない。顔も身体も、勿論性格も全て俺の好みの裕二君が、俺は大好き。    〈こら。ちゃんと勉強しなきゃダメだよ。授業中だろ〉  〈自習だからひま〜。達哉先生も自撮りちょうだい〉  〈講義中だから無理〉  〈けち〜〜!〉  こんなたわいもないLINEが嬉しい。だけどこんなに仲が良いのに、付き合ってないとか嘘みたいだ。  〈雨だるい〜。早く梅雨あけて欲しい〉  〈今日はすぐ家に帰るの?〉  〈うん。来週までちゃんと復習しとく〉  〈来週まで我慢しなきゃダメだよ。我慢出来なかったら、先生がお仕置きするからね〉  すぐにブルブルと震える犬のスタンプが送られてきて、思わず笑ってしまった。裕二くんはLINEですら可愛い。早く会いたい。今一番お気に入りの男の子。 「達哉っち、今日は飲み会来るだろ?」  授業が終わると、翔ちゃんが後ろの席からやってきた。達哉っち、とは俺の事。どうしてあだ名ってダサいものが多いのだろう。普通に達哉と呼んでくれればいいのに。どう考えても「っち」の部分は要らない。高校時代はずっと達哉と呼ばれていたから、このダサいあだ名になって二年。いまだに気に入ってない。 「翔ちゃん、また髪型変えた?」 「お、わかる〜? カットで七千円! カラーもブルーグレイアッシュにしちゃった」    このあだ名を命名してきた〝翔ちゃん〟こと山本翔太は、ワックスで整えた髪の毛先を弄りながら嬉しそうだ。前のハイトーンのアッシュよりはマシだけど、相変わらずチャラい。 「で、飲み会。達哉っち来てよ」 「……嫌だって言ったら?」 「そう言うと思ったけど。でもさ〜これ! これ見て!」  スマートフォンの画面を親指でタップスライドを繰り返し、LINEのトーク画面を見せてきた。  〈女の子集めてもいいけど、達哉くん連れて来てくれなきゃこの話はナシだよ。この間も翔くんが連れてくるって言うからセッティングしたのに〜〉 「ほら、可愛い子ちゃんの知り合いがお前をご所望なんだよ。早く連れてこいって毎回うるせーの」  翔ちゃんは「ほら、可愛いだろ〜?」と続けて写真を見せる。その写真には、チーズティーという俺にはよく分からない飲み物を飲んでポーズを決めている女の子が写っていた。確かに、芸能人みたいな華やかさはある。 「俺酒あんまり好きじゃないし、女の子苦手で…」 「はい嘘〜! お前がザルなのは知ってるし、そのイケメンで女が苦手な訳ねーだろ。つーかさ、別にいるだけでいいんだって。大事なのは、飲み会に可愛い子が現れるかどうかって事なんだから」  器用に俺と喋りながら、翔ちゃんは別の子にメッセージを送っている。彼は、いわゆるヤリチン。どれだけ可愛い子とヤレるかが重要らしい。彼が俺と友達なのは、俺の顔が良いからが一番の理由。翔ちゃんは雰囲気イケメンで、顔の作りはそんなに良くはない。顔が良い奴の元に可愛い子は虫の様に寄ってくるというのが彼の持論。誘虫灯か俺は。 「あっ、達哉っち彼女出来たとか? 最近スマホ見てニヤニヤしてるじゃん! えー? マジかよー!」  何も言ってないのに翔ちゃんは一人で盛り上がっている。  俺は、ゲイである事をカミングアウトしていない。する気もない。別に同性を好きな事は知られても構わない。だけどカミングアウトしてもメリットがあまりない。打ち明けられなくて苦しいという事も今は思っていない。  どの女の子が好み? なんていうお決まりな質問も適当に合わせればいい。 「彼女なんかいないよ」  そう、彼女なんかいらない。でも、最近は恋人が欲しくなってきた。出来ることなら彼がそうなって欲しい。しかし、二十歳を超えた俺が十五歳の少年とそうなるのは難しい。  俺は別に年下が好きな訳ではない。どちらかと言うと年上が好きだ。でも裕二くんは別。  家庭教師のバイトは楽な癖に時給が良い。週一日か二日だし、お菓子も出る。基本隣に座って指導するが、問題を解いてる間は暇だからベッドかソファで自分の勉強も出来る。  俺は友達にそう聞いて、早速登録した。  そして初めて受け持ったのが裕二くんだったのだ。 「柏原(かしはら)達哉です。よろしくね、えーっと名前で呼んでもいいのかな」 「ん…裕二で良いよ」 「じゃあ裕二くん、これから宜しくね。理数系を主に教えるけど、宿題とかも見るから、わからないことは何でもきいてね」 「……うん」  裕二くんは顔が若手俳優みたいに美形。だけど十代特有の純粋さも少し覗いていて、モテそう。俺より少し低いから、170センチくらいだろうか。最初はちょっと緊張しているようで、目を合わせてくれなかったし、受け答えも素っ気なかった。だけど部屋に置いてあるサッカー雑誌の話題を振ると、彼はすぐに心を開いてくれた。 「先生、チャンピオンズリーグも見てんの?」 「絶対って訳じゃないけど、waw契約してるから見るよ」  wawとは衛星放送で、映画やライブ、スポーツの番組が豊富だから、家に帰ると大体チャンネルはそれだ。  地上波の番組はくだらないものが多いし、俺はあんまり好きじゃない。 「嬉しー! 友達はあんまり見てるやついなくてさー。好きな選手とかいる?」  もはや勉強よりお喋りする方に夢中な彼。だけど初日だから、今日はいいか。好きな選手の名前を言うと、彼は「俺も好き!」と満面の笑みだ。  黒髪で美形。大きめのロンTだから少し華奢に見えるけど、中学はサッカー部だったらしく腹筋はちゃんとついていた。肌がピチピチで眩しい。 「サッカーで膝怪我しちゃったから高校は入ってないけど、身体だけは鍛えてんだ。海外選手が腹筋割れてんのかっこいいし」 「俺も鍛えてるよ。ほら」  シャツを捲り、自分の腹筋を見せた。着痩せするタイプだからわかりづらいけど、俺も一応シックスパック。 「うわー! 先生すげ〜!」 「だろ? あ、時間結構過ぎちゃった。裕二くん、そろそろ勉強しようか」 「えー。まだいいじゃん」 「じゃあ勉強してるフリだけして。君のお母さん入ってきたらサボってるのバレちゃうから」 「ははっ。先生真面目っぽいのに、中身超不真面目じゃん」  形のいい唇を大きく開けて笑う姿は少年っぽくて可愛い。彼はまだ声変わり途中なのか、身長の割に少し声が高い。  (同級生ならタイプなんだよな。でも高一って、少し前まで中学生…。ダメだ、淫行になる)  未成年を目の前に、そういう目で見る俺は最低。でも、考えるくらいはいいだろう。  もしかしたら、彼女もいて初体験も済ませてるかもしれない。今はそういう経験は早いって聞くし。  頭の中に浮かぶのは、翔ちゃん。  今は黒髪の裕二君もその内女の身体を知り、翔ちゃんの様な茶髪のヤリチンになってしまうのだろう。  この子があんなチャラくなったら嫌だなぁ。

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