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初めてのキス 2
「達哉先生って、彼女いるの?」
休憩中に裕二くんから質問をされた。まだまだ世間では恋人イコール異性と考える人が多い。でも、もう慣れた。同性が好きだなんて言うと、プライベートな質問までされる。
いつから男が好きなの、とか。男役女役どっち、とか。俺はケツにあんなの入れるの無理だわーとか。異性の場合はそんなこと言わないのに、まるで皆と違う人間かのように根掘り葉掘り聞かれる。俺はそれが疲れるのだ。
翔ちゃんなんか、多分そのタイプ。だけどそれさえなければ、俺は普通に友達としてやっていける。
世の中、どこか折り合いをつけて生きていかなきゃならない。同性同士が身体を繋げるなんてことを想像しない、純粋そうな目の前の青年に、本当の自分なんか見せなくてもいい。
「今はいないよ」俺が紅茶を啜ると「付き合うって、楽しい?」とすぐにまた質問が返ってきた。
「楽しい事も、苦しい事も半々かな」
「好きな人と付き合ってるのに、苦しいなんてあるの?」
彼は勉強机の椅子から手を伸ばし、ローテーブルの上のお菓子をひとつ取った。
「裕二くんは好きな子いる? モテそうだよね」
「好きな子はいないかな。告白とかはされるけど、俺は相手の事よく知らないしなぁ。あんまり話した事が無い相手によく告白なんか出来るなぁって、毎回疑問…断ったらすぐ泣くし、俺悪者みたい…女の子苦手。友達といる方が楽しい」
まだ恋愛すらよくわからない裕二くん。最近は小学生だって彼氏だ彼女だと言う仲なのに。まだ何も知らない可愛い彼に、俺の中の悪魔がちらりと顔を覗かせた。
本当の俺を見せるわけではない。ただ、からかいたくなったのだ。これは好奇心。彼が、どういう反応を見せるのか。たとえ何か言われても、十五歳なんて簡単に説き伏せることが出来る。
「さっき俺に質問したのは、恋愛がわからないから知りたいってこと?」
「そうそう。大人なら知ってるかなーって」
「恋愛はね、人から聞いても意味ないよ。本当に恋をしないと。体験しないと、心に何も響かない」
腰を下ろしていたベッドから、勉強机の椅子に乗ってくるくると回る彼に近づく。グッと肩を持って止めると、大きな黒い瞳が俺を視界に捉える。
「先生…?」
「先生は少しだけ大人だから、教えてあげるよ」
彼の顔に俺の影が完全に覆い被さり、そのまま唇をあてた。軽く何度もあてて、最後に深く這わせる。
「ちょ…先生、何っ!?」
顔を離すと、裕二くんは口を抑えて慌てふためいた。綺麗な肌はすぐに赤みを帯びていき、キスだけでそうなる純粋さに俺の口角が上がる。
「告白なんかまどろっこしいよね。こうすれば相手は自分の事が気になってしょうがなくなるのに」
「え…?」
「いつも好きな人が出来たら、俺はこうやって相手の気を引くの。オススメの方法だよ。お母さんには内緒にしてね」
裕二くんは大きな目を丸くして、俺の唇を見ている。何も知らない高校生のキスを奪うって、癖になりそうだ。
「もしかして、初めてのキス?」
俺の質問に裕二くんは恥ずかしそうに頷いた。俺の中の悪魔が、また嬉しそうに登場する。
「どうだった? 初めてのキスは」
「どうって…よくわかんねー…なんか、柔らかくて…唾液がぬるっとして…」
「唾液…確かに。でもそのうちそのぬるぬるが癖になるよ…こうやって舌を絡めたら気持ち良い…。彼女が出来た時の練習しよう」
「ん…ンン…ッ……はぁっ…んむ……」
リップクリームが要らないくらい、ぷるりとした唇に舌を侵入させて、彼の舌に絡みつけた。向こうの舌が全然動かないのは新鮮だ。薄目を開けて彼を観察すると、目を閉じて俺のされるがまま。彼の舌が少し動き始めた辺りで、わざと唇を離した。ねっとりとした透明な糸が彼の唇に繋がっていて、それを切る為に最後に軽くだけキスをした。
「はい、おしまい。さ、冗談はこのくらいにして続きやろうか。次はここからね」
勉強机に並べられた俺用の椅子に座り、テキストを開く。
「……う、うん…」
顔が真っ赤なままの裕二くんは明らかに動揺して、シャーペンを持つ手が震えていた。
そう、キスをするとそうでもなかった相手が途端に気になってしまう。俺も先輩に初めてされた時そうだった。ただ唇と唇が触れただけなのに、今までと何か相手が違って見える。セックスをしたら尚更。
百回会話をするよりも、一回のキス。それだけで相手も自分も意識してしまうのだ。
俺はこの一件で、裕二くんが更に可愛いく見えるようになってしまった。
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