1 / 14
第1話
平野雪明が28歳で脱サラをし、叔父が経営するこの雪多い片田舎のバー「flat」に住み込みで働き始めて、一年が経とうとしていた。
大学を卒業し、両親の望み通り安定した職に就職したまでは良かった。だが、三十路を手前にして今度は早く結婚しろと見合い話を持ちかけられた。まだ早い、と最初はやんわりと断っていたが、毎日のように見合い写真を送りつけてくる母親にウンザリし始めた。
結婚など、女性に興味のない雪明には無理な話だった。とうとう雪明は自分が同性愛者である事を両親に告げた。
父親は絶句し母親は怒り狂った。父親は何も言っては来なかったが、母親の自分を汚れた物を見るような目に耐えられなくなり家を出た。
その話を聞いた叔父の芳雄が雪明を心配し、うちのバーで住み込みで働かないか?そう声を掛けてくれ、今では叔父の経営するバーに住み込みで働かせてもらっていた。
最初は、こんな飲み屋などで勤まるのか心配だったが、地元の顔見知りが集い、お客たちは訳ありの雪明を暖かく迎えてくれた。
ずっと叔父の芳雄が一人で切り盛りしてきたこの店に、華ができたと喜んでくれている。
中性的で涼やかな目元とシャープな顔立ち、そして透き通るような白い肌は、男にしては色気が漏れ、あっという間にお客たちのアイドルのような存在になっていた。
中には雪明が目当てくる客もできる程だった。
越してきたこの街は、冬になると毎日のように雪が降る。こちらに来て初めての冬を迎える。
雪明は都内の生まれであった為、こちらの雪の多さにうんざりしていた。最初こそ、散らつく雪が綺麗だと思った事もあったが、こう毎日降られると感動も何もなくなるものだ。
それでも、しんしんと降り積もった雪が一面に広がるさまは、真っ白な絨毯が敷かれているようで綺麗だとは思う。
だが、今回の雪はそんなロマンティックなものではない。
『爆弾低気圧』
外はゴゥゴゥと雪が横殴りに吹き荒れ、灰色の視界の先は一メートル先も見えない。外には一歩も出る事は不可能だ。
爆弾低気圧の予報が出た時、雪国の《爆弾低気圧》の恐ろしさを知らない雪明に客は、しっかり準備をしておけ、そう口うるさく言われていた。言われた通り、水や食料、燃料を大目に確保し、停電に備えて懐中電灯やカイロ、携帯ラジオをベットの脇に常備した。
全て客たちに教えてもらった事だ。
言われた通り準備はしたが、それでも雪明の予想を上回る荒れ狂った天気に不安と恐怖が込み上げる。
カタカタと窓が鳴り、時折ミシミシと家が揺れる。一度大きく、ドンっと大きな音がし雪明はびくりと肩を揺らした。大柄な雪男が家に体当たりをしているさまが浮かび、雪明は幼稚な想像に一人苦笑した。
不安な気持ちを少しでも拭い去ろうと、一息つく為コーヒーメーカーをセットした。
その時、一階の店の呼び鈴が鳴った。
(こんな天気に誰?)
宅配業者かもしれない、そう思い一階に続く階段を降りた。もう一度呼び鈴が鳴り、立て続けに二回鳴った。
雪明はびくつきながら、薄く扉を開けた。
その途端、雪が混ざる強風が痛いくらいに雪明の顔を殴りつける。その強風のせいで、扉が勢い良く開いてしまった。咄嗟に目をキツく閉じると風と雪が雪明の全身を覆い、思わずその強風のせいで足がよろめいた。
バシッと腕を掴まれると同時に、突風が止んだ。どうやら扉が閉められたようだった。
雪明はそっと目を開けると、目に飛び込んできたのは全身雪塗れの大柄な男。
その光景に思わず「ぎゃっ‼︎雪男⁉︎」そう叫んで後退りした。
「あ⁉︎誰が雪男だ!」
聞き覚えのある声に、雪明はマジマジとその雪男を見た。
ともだちにシェアしよう!