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第2話

「げ、源さん⁉︎」 黒のロングダウンのフードを被り、顔の半分が分厚いマフラーでぐるぐる巻きになっている。この大雪で全身真っ白になり、まるでそれは大きな雪だるまのようだった。雪男と思わず口から出たのは、その前に雪男を連想していたせいなのだろう。 「ど、どうしたんですか?」 「あー、この近くの現場の様子が気になって見に行ったんだけど、天候が悪化するのが思ったより早くて帰れなくなった。悪いんだけど、しばらく避難させてくれねぇか?」 「え……」 一瞬、躊躇うも、 「別にいいですけど……」 雪明は戸惑い気味に返事を返す。 男はそれを察したのか顔をしかめた。 雪明は目の前にいるこの雪塗れの男、真中源一郎(まなかげんいちろう)が苦手だった。 「おまえ、頭凄い事になってるぞ。ベートベンか?」 源一郎は馬鹿にしたように、雪明のくしゃくしゃになった黒髪を指差して笑っている。慌てて髪を手櫛で整えると、源一郎をひと睨みした。 「今、タオル持ってくるんで、そこで待ってて下さい。濡れたまま上がられるの嫌なので」 一言多く物申して、二階に上がりバスタブにお湯を溜めバスタオルを手に取り、再び下に降りた。 源一郎は来ていたロングダウンを脱ぎ、壁にかけている所だった。色落ちの良いデニムにチャコールグレーのハイネックのローゲージニット姿。長身の源一郎に似合っていると思った。飲みに来る時も、仕事帰りなのか普段はスーツか作業服姿が多く、カジュアルな姿の源一郎を見る機会は初めてだった。 正直、カッコいいと思った。本来なら源一郎のような、男らしい雄の匂いがする男は、雪明のタイプだ。 苦手になったのには理由があった。 真中源一郎は「flat」の常連客で、毎日のように店に現れる太客だ。時には、派手な女性と店に現れる事も有り、女関係が派手な事が伺え知れた。そんな男が一人の女性に落ち着くわけがなく、30半ばにして独身。独身貴族を満喫しているようだった。 ー1年前ー 慣れたように源一郎はカウンターに座った。 入ってきた瞬間、雪明は目を奪われた。あまりにもタイプだったからだ。180センチはありそうな長身、ジャケットを脱いだベスト姿が非常によく似合っており、白いシャツ越しにでも分かる太く逞しい腕。硬そうな毛質の黒髪は短髪に切られており、顎には少し髭を蓄えていた。目は鋭く切れ長で、一見堅気に見えない強面の面構えだった。 座ると同時にタバコに火を点ける。 「ご注文は?」 雪明はコースターを置き、おしぼりを源一郎に差し出すと少し困惑した顔で雪明は見ていた。 「ギムレット」 「かしこまりました」 その当時の雪明は当然シェーカーを振る技術はなく、叔父の芳雄にギムレットの注文を伝えた。芳雄は源一郎に気付くとにこりと笑みを浮かべ、シェーカーを振り始めた。 芳雄は出来上がったギムレットをコースターに置くと、 「甥の雪明です。先週からここに住み込みで働く事になりました」 そう言うと、源一郎は芳雄の隣にいる雪明と芳雄を交互に目をやった。 「平野雪明です」 ぺこりと頭を下げると源一郎は、 「真中だ」 表情を変える事も愛想を振りまく事なくそう一言名乗った。 「皆んなには源さん、とか源ちゃんって呼ばれてるけどな」 三つ隣の席にいた常連客の一人である佐々木が口を挟む。 「この街で一番でかい幸真建設っていう会社の専務様だよ」 佐々木は揶揄うように言った。 幸真建設は県内でも有数の建設会社で、源一郎はそこの取締役の次男なのだという。 タバコに火を付けるその指の長さと大きな手に雪明は見惚れた。 雪明と源一郎の目が合うと、源一郎は睨むようにこちらを凝視し雪明も目を逸らす事なく、暫し睨み合いのように視線を交わした。 (こっち側の人間かもしれない) ふと、雪明の同属の勘が働いた。 源一郎の射抜くような黒い瞳が、自分を値踏みしているような、自意識過剰かもしれないと思いつつも誘っているように見えたのだ。 だが、それは単に雪明の思い過ごしだと知らされる。

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