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第3話

二回目の来店で、源一郎のあの射抜くような視線を感じた。 雪明は、カウンターに座る源一郎の前に立つと、男にしては白く細い指を源一郎の右手にそっと絡めた。 「良かったら、今晩どうですか?」 薄っすらと笑みを浮かべつつ、源一郎の顔色を伺った。 源一郎はみるみる顔を青くし、雪明に触れられている右手が小刻みに震え始めた。 (えっ?) 次の瞬間、荒々しく雪明の手を払いのけた。 「おまえ、ゲイか?」 その目は怒りなのか据わった目をし、背筋に氷が入られたように、ひやりとした。 「俺はゲイが嫌いなんだよ」 今度は全身がカッと熱くなった。 (し、しまった……!) 自分の勘違いだった事に気付くと、恥ずかしさで全身の毛穴が開いたように、変な汗が吹き出してきた。 源一郎の軽蔑したような眼差しに、耐えきれず雪明は目を逸らした。 「す、すいません……てっきりそうかと勘違いしてしまいました……」 そう言って、源一郎に頭を下げた。 「てっきり?まるで俺があんたを誘ってたみたいな言い方だな」 源一郎は鼻で笑うと、ウイスキーの入ったグラスに口を付けた。 「あなたの目が誘っているように見えました」 「ふざけるな。自意識過剰かよ」 「気を悪くさせて、申し訳ありません」 雪明は体を折り、丁寧に頭を下げた。 だが、顔を上げた瞬間、 「でも、あんな目で見られたら勘違いもします。誘ってるつもりがないなら、あんな目で見ないでください」 そう言い放った。 「何?」 源一郎の顔が明らかに引き攣っていた。 「おまえが勝手に勘違いしといて、責任転換するんじゃねえよ!」 ガタン!と勢い良く椅子から源一郎は立ち上がる。周りの客も叔父の芳雄も何事かとこちらに目を向けている。 「だから……その気もないのに、思わせぶりな表情するのやめた方がいいって忠告してるんですよ。そんな目で見てたら、また勘違いされますよ」 「よ、余計なお世話だ!ホモヤロー!」 「ホ、ホモ……⁈」 「気持ち悪いんだよ!」 「‼︎」 言った瞬間、源一郎はハッとし口を手で覆った。 源一郎の言葉に雪明は明らかに傷付いた表情を浮かべていた。 「マスター、チェックして」 芳雄に声をかけると、源一郎は焦ったように店を出て行った。 ノンケがゲイに言い寄られれば、それは気持ち悪いだろう。源一郎を勝手にこちら側の人間扱いし、勘違いした自分も悪い。だが、あの射抜くような目は、誘っているように雪明には感じたのだ。 《気持ち悪いんだよ!》 源一郎の軽蔑したような眼差しと、怒気のこもった声が脳裏に焼きつく。 同属の仲間で、そう言われた事のある知り合いは何人もいた。だが、実際自分が言われる日が来るとは思ってもいなかった。 面と向かって言われる事がこんなにも傷付くものなのだと身を以て知った。 そして常連客を一人失ったかもしれない、そう思うと芳雄には申し訳ない事をしてしまったと、自分の軽はずみな行動を強く後悔した。 芳雄に謝罪をすると、芳雄はアッサリと、 「また、来ると思うよ」 そう笑って言った。 叔父の予想通り、源一郎は再び店に現れた。雪明は動揺しつつも、いつものようにおしぼりを差し出す。 「ご注文は?」 「ギムレット」 「いつもそれですね。バカの一つ覚えってやつですか?」 「な、何⁈」 源一郎の整った顔の表情が崩れ、思わず雪明は吹き出した。 「俺が振ったギムレット出して、あなた気付かなかったら笑えますね」 「口の減らない男だな」 雪明の減らず口に源一郎は呆れたような表情を浮かた。 心底ホッとしたのを覚えている。自分のせいでお客を失い、源一郎にとって何年も通い慣れた居場所を奪ってしまったのではないかと、ずっと罪悪感を感じていた。 それ以来、あの日の事を誤魔化すように、源一郎と顔を合わす度、互いに憎まれ口を叩くようになった。それがこの店の名物と化し、常連客には《源平合戦》と勝手に名付けられる程、定着しつつあった。 それでも、ゲイは嫌いだと知った以上、源一郎とは距離を取って接していた。 嫌われているわけではないだろうが、好かれてもいないというのは、源一郎の態度を見る限りそう感じたのだ。せっかく好きな酒を飲んでいるのに、自分がいたのでは楽しめないだろうと、ある程度の距離を置く事にしていた。気持ち悪いと言い放たれたが、雪明が作る酒もつまみも文句も言わず口を付けてくれる。源一郎と知り合って一年、源一郎は女にはだらしないが、曲がった事が嫌いで目上の人には対しては礼儀正しく、部下や年下には面倒見の良い男だと知った。 この一年で真中源一郎という男を見る限り、あんな事を言う人間ではないと今は思う。あの時は動揺から咄嗟に出てしまった言葉なのかもしれない。 だが結局、雪明の思い過ごしだったという事には変わりはない。 (あの目は絶対、誘ってるように見えたんだけどな) じっとりと自分を見つめる熱いくらい熱い眼差し。視姦されているように、雪明の腰が疼いたのを思い出す。

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