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第8話

その時、店の方からガシャンっと大きな音がした。 「なんだ?」 二人は慌てて下に降りるとカウンターの中にガラスが散っていた。上を見ると小さな小窓が割れ、そこから雪と風が吹き込んでいた。 「あんな所に窓あったんだ」 「ヤバイな。雪が吹き込んできてる。補強で使った板あるか?」 「あ、はい。持ってきます」 雪明は二階の物置きに使っている、押入れから板と工具を手に再び下に降りた。 それを渡すと、源一郎は手際良く応急処置してくれる。 「外からもやらないとダメだな」 「危ないですよ!」 「ここがまたぶち抜けたら、そこにある酒がダメになる」 窓の正面には、お客がキープしているボトルが並んでいる。 「で、でも……」 「この前、俺が入れたウィスキーのボトルもあるんだよ」 だったら、自分のボトルだけ避ければいいはずだ。源一郎の不器用な優しさなのだと感じた。 「じゃ、俺も手伝います」 「いい、逆に邪魔だ。大人しく上で待ってろ」 源一郎は声を荒げ、思わず源一郎のその声にびくりと肩を揺らした。 「はい……あ、あの気を付け下さい」 源一郎は少し呆けたような表情をすると、雪明の髪をくしゃりと撫でた。 「すぐ戻る」 そう言って、源一郎は壁に掛かっていた自分のダウンを羽織り、工具を手に店の扉を開けた。 ビュウ!と風と雪が店に吹き込んだ。 仕方なく雪明は源一郎に言われた通り二階で待つ事にした。手持ち無沙汰で、夕飯の用意をしようと冷蔵庫を開けた。 (大丈夫かな、源さん……) 現在外は爆弾低気圧の最大のピークであり、立っているのもやっとのはずだ。 源一郎がいてくれて良かったと、心底思った。源一郎にしてみれば、家に帰れず災難だっただろう。雪明は慣れない雪国で、始めて経験する爆弾低気圧に怯えていたが、源一郎がいてくれた事で随分と心強く感じ、内心酷く安心していた。 そして、源一郎に惹かれていた。 あんな事があって、源一郎とは距離を取った。昨日から共に過ごし、知れば知るほど源一郎の中身に惹かれていた。男らしく頼り甲斐があり、そして何より不器用ながらにも優しい源一郎。 無意識に、首元にある痕に手を当てた。 階下から、バタン!と大きな音がし、どうやら源一郎が戻ってきたようだ。 「源さん!大丈夫でした……源さん!どうしたんですか⁉︎」 戻ってきた源一郎は、顔を抑えていた。抑えた手からは血が流れている。 「木の枝みてぇの飛んできて、直撃した……」 雪明は源一郎をソファに座らせると、タオルを渡した。一瞬にしてタオルが真っ赤に染まっていく。 「源さん……」 「何、泣きそうな顔してんだよ」 源一郎は痛みで顔を歪めながらも、雪明の頭に手を置いた。 タオルを少しずらし傷口を見ると、額の真ん中が3センチ程切れていた。 「病院行きますか?結構、深いかも……」 「いい、こんな天気に行けるわけねえだろ」 病院は諦め、雪明は救急箱を持ってくると源一郎の前に膝をついた。 「手当てさせて下さい」 黙々と雪明は源一郎の手当てを始めると、源一郎も目を瞑り大人しくしている。 真近で見る源一郎の顔。鼻が高く薄くて大きい口元。彫りの深さが良く分かる。時折、閉じられた瞼がピクピクと動いた。 (ホクロがある) 源一郎の目尻の横に小さなホクロがあった。ふと、そんな事を前にも思った気がした。 こんな至近距離で一体いつ源一郎を見たのか。 「俺に触られて、嫌じゃないですか?」 不意にそんな言葉が出た。 「あ?あぁ……俺はゲイは嫌いだけど、おまえが嫌いなわけじゃない」 その言葉に雪明は涙が出そうになり、源一郎が目を閉じたままで良かったと雪明は思った。 「とりあえずこれで」 額にガーゼを貼ると、雪明は源一郎から離れる。もっと触れていたいと思ってしまい、これ以上は危険だと感じた。 「サンキュー、雪。つか、腹減った。メシくれ」 いつもの不躾な言葉に雪明は思わず吹き出した。 「全く、源さんにシリアスな雰囲気ってないんですね」 「そんなもん、あるか」 「オムライスでいいですか?」 雪明は源一郎の返しを予想する。 『そんな子供染みた食い物食えるか』 だが返って来た答えは、 「好物だ」 思わず雪明は吹き出すと、 「意外と子供舌なんですね」 そう言うと、源一郎は顔を赤らめ、 「悪いか」 不貞腐れたように顔を赤らめ背けてしまった。 また一つ、意外な源一郎の一面を知った。

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