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第13話

「それじゃあ、僕はここで。も頑張りましょうね、望月さん」 最寄り駅前まで里都を送ってきた永瀬は、いつものように改札口前で別れを告げた。 先ほどのの余韻がまだ残っているのか、里都の目元や頬は紅く染まり上気している。 潤んだ瞳が何か言いたげに見上げてきたが、永瀬が笑顔で手を振ると、里都は小さく会釈をして改札口を通って行った。 その背中が見えなくなるのを確認すると、永瀬は踵を返し近くの喫茶店へと入る。 昔ながらのベルベットソファとジャズミュージックが流れるレトロな喫茶店は、年配の客が数人、ちらほらいるだけで静かだ。 若い客が来店したのがよっぽど珍しいのか、近くの席に座っていた60代くらいのマダムが永瀬をじとっと見つめてきた。 店員に待ち合わせだと告げると、店の一番奥のボックス席に通される。 案内された席では男が一人、ソファにゆったりと腰掛け本を読んでいた。 頭髪に白いものが混ざっているものの、清潔感のある子綺麗なインテリ系の格好がよくにあっている。 ちょうど壮年と初老の中間のあたりの熟年した男の魅力を放つ男は、遠目から見ても少し目を惹く存在だった。 「お待たせしました」 永瀬が声をかけると男は顔を上げ、老眼用の眼鏡を外す。 「やぁ、永瀬くん。わざわざすまないね」 「いえ」 永瀬はそう言うと、肩にかけていたスポーツバッグを下ろしその隣に腰掛けた。 おしぼりとお冷を運んできた店員に「アイスコーヒーを」と頼む。 注文を受けた店員が立ち去ると、男が永瀬に向かってにこりと笑い言った。 「それで、今日も里都(アレ)は頑張っていたかい?」 「えぇ、とてもよく頑張っていましたよ。あぁ、今日は動画も撮ったんです、見ますか?」 永瀬はポケットからスマホを取り出すと素早く操作し、男に画面を見せた。 動画は無音だが、流れている映像は男のいきり勃ったペニスが、組み敷いた男のアナルに出し入れされている生々しいものだった。 紅く腫れた卑猥な孔は太く筋張った男の肉棒を離すまいと絡みつき、肉棒もまたアナルの肉襞を捲りあげんばかりの勢いで激しい抽挿を繰り返している。 もちろんモザイクなどはない。 暫く食い入るようにその卑猥な映像を見ていた男だったが、再びにこりと笑うとうんうんと頷く。 まるで、自分の子どもが一生懸命何かに挑戦している姿を見て成長を喜んでいる親のまなざしだ。 「素晴らしいよ、永瀬くん」 その言葉に違和感を感じながらも、永瀬は「ありがとうございます」とお礼を言った。 男の名は望月飛鳥彦(もちづきあすひこ)。 永瀬がさっきまでしていた生徒、望月里都の夫だ。 永瀬はこの男の妻である里都を、男の同意のもと抱いている。 レッスンという名目で。 男にその話を持ちかけられたのは、永瀬が彼らの住む団地に出入りしていた時の事だった。 暇と金を持て余す引きこもりがちな人妻を呼び込むために、水泳の勧誘チラシを団地の共有ポストに投函していた時に声をかけられたのだ。 彼の悩み、そしてそれを改善するための提案を聞かされた時は正直驚いた。 自分の代わりに妻を抱いてくれだなんて、普通他人に頼むなんて有り得ないことだからだ。 もしかして詐欺なんじゃないだろうか。 当然疑った。 美味しい汁を吸わせるだけ吸わせておいて、あとでそれをネタに金を強請ってくるような悪質な詐欺の話はよく聞く。 しかし、飛鳥彦の態度や眼差しからはそういう邪なものが感じられなかった。 それどころか話を聞けば聞くほど彼がどれだけ真剣に里都のことを想っているかどれだけ真剣に永瀬に助けを求めているかわかったし、深く惜しみない愛情に胸を打たれるものがあったのだ。 奇妙なお願いだとは思ったが、永瀬は飛鳥彦の願い通り彼の妻を抱く事を了承したのだ。 もちろん里都は、永瀬と夫である飛鳥彦が繋がっているなんて全く知らない。 これは、永瀬と飛鳥彦だけの秘密の契約なのだ。 「セックスというのは夫夫間においてとても重要なことだ。でもどちらかが一方的に求め続けるのは求められる方にとって精神的負担になる。僕はそういう小さな綻びやすれ違いから、離婚を選択してしまった夫夫をたくさん見てきたんだよ」 飛鳥彦はそう言うと、コーヒーカップを口に運んだ。 「里都はまだ若いからそういう事を僕に求めてくる。けれど僕は年々そういう気分にならなくなっていっててね…。だから考えたんだ。里都の性欲を他で発散させるしかないってね。けどその相手は慎重に選ばなくてはいけない。万が一、里都とかけおちなんかでもされたらたまったものじゃないからね。そんな時に、君のような理解のある誠実な青年に出会えた。永瀬くんのおかげで僕ら夫夫は今まで以上に幸せな生活を送れているんだよ」 「いえ…そんな」 「これは僕からの少しばかりの感謝の気持ちだよ。若い君の何かの足しになればいいけど」 謙遜する永瀬の目の前にスッと封筒が差し出された。 ほんの少し厚みのある封筒だ。 飛鳥彦に視線で促され、恐る恐る中身を確認した永瀬は無言で目を見開いた。 想像以上の金額が入っていたからだ。 困惑気味に飛鳥彦を見ると、彼は目元にしわを刻んで言った。 「なぁに、引け目を感じる事はないさ。君は僕らの言わばキューピットだ。僕たち夫夫が幸せな生活を送るためになくてはならない存在だからね。それに君は里都にとってはあくまでコーチだ。これは特別だと思って受け取ってくれると僕もなんだけど」 永瀬と里都はあくまでも生徒とコーチ。 つまりこれを受け取らなければ、永瀬は里都に対して特別な気持ちを持っていると言っているようなものだ。 口調は態度は至って優しいが、それは自分の立場を決して忘れるなという飛鳥彦の永瀬に対する無言の圧力だった。 永瀬は小さく会釈をすると、封筒をバッグに仕舞い込む。 「うんうん、これからもよろしく頼むよ、永瀬くん」 そう言って、飛鳥彦は満足そうに笑ったのだった。 end,

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