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第8話
週二回のレッスンで、里都の肉体には確実に変化が起きていた。
朝はすっきりと目覚めれるようになったし、夜の寝つきも良くなった。
ウエストが引き締まったおかげで、愛用のデニムはベルトなしでは穿けなくなってしまったが以前までヒーヒー言いながら登っていた団地の階段も、今では息切れひとつせずに駆け上がれるようになっている。
もともと生活には気をつけていたつもりだったが、スイミングでここまで自分の肉体が変わることには里都自身とても驚いていた。
驚いているのは里都だけではなかった。
夫の飛鳥彦 も里都の変化を驚いている。
以前は滅多に言ってくれなかった「綺麗だね」も最近よく言ってくれるようになっていた。
これは喜ばしい事だ。
なぜならこのスイミングは、夫の飛鳥彦に飽きられないように肉体を美しく改造し、少しでも若く魅力的でいられるようにと思って始めた事なのだから。
しかし、こんな喜ばしい中で里都を悩ませていることが一つあった。
それは永瀬のことだ。
彼に触れたのはあの日の一度きりで、永瀬とは普通にコーチと生徒の関係のままだ。
しかし、里都にはあの日彼に抱きしめられた感触がずっと残っていた。
記憶から何度も消そうとした。
自分は人妻であり、愛する夫がそばにいて幸せな生活を送っている。
そう何度も言い聞かせて…
しかし、里都の思考とは裏腹に、永瀬を欲する気持ちは日毎強くなっていく。
今の里都にとって飛鳥彦に綺麗だと言われる事より、コーチである永瀬に褒めてもらえる方が嬉しかったりするのだ。
そんな里都の変化に目敏く気づいたのは、里都にスイミングを勧めてきた主夫仲間のあの男だった。
「惚れたね」
里都から無理矢理話を聞き出した男はそう言うとニヤリと笑った。
「そんなんじゃないって」
里都はそう言ったが、その口調から完全に否定できてはいないのはバレバレだ。
「大丈夫だって。コーチと生徒が一回や二回寝るくらい誰でもやってることだって。俺もこないだ料理教室の先生とヤっちゃったけどさ、あ、内緒ね!でも別に本気になったりしてないし、むしろ一回ヤってすっきりしたってゆ〜か、改めて、あ〜旦那の方が好きだなって思えたもん」
「ほんとに?!」
男の言葉に里都は食いついた。
この前まで、里都と同じスイミングスクールに通っていたはずだがそれがいつの間にか料理教室になっていることにはこの際触れずにいようと思った。
「毎日白米ばっか食べてるとたまにはパスタだって食べたくなるでしょ?それと同じだって。結局みんな白米が好きで戻ってくるんだから。難しく考えないで一回ヤっちゃえばいいんだって」
普段の里都なら、この誰にでも足を開くようなアバズレ男の言うことなど耳を傾けないだろう。
しかし、今の里都にはこの男の言うことが最もなような気がしていた。
他に相談できる人もいなかったし、何よりこの男はその手練手管を知り尽くしている。
「でも俺、そんな…さ、誘ったこととかないから…」
里都が自信なさげに俯くと、男が再びニヤリと笑った。
そして、鞄を探ると中から丁寧に包装された小さな箱を取り出し、里都に押し付けてきた。
「これプレゼント。最近綺麗になった里都と一緒に海にでも行ってナンパ祭りでもしようと思って買ったやつなんだけど、計画にぴったりだと思う」
「け、計画って…なに?」
里都は押し付けられたプレゼントと男の顔を見比べながら不安げに訊ねた。
「これ穿いて次のレッスン行ってみな。直接誘わなくったって大丈夫。これ穿いてる里都にムラっとこない男なんて絶対いないから」
男はそう言うと自信満々の笑顔でパチンとウインクをして見せたのだった。
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