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第1話

時は12月。 俺と春菜(はるな)は、突然の雨に東屋(あずまや)に駆け込んだ。 「いきなりの雨だもんな。結構、濡れたぜ」 「なぁ、(じん)。これ使えよ」 「わりぃ。サンキュー、春菜(はるな)」 春菜は、ハンカチを俺に手渡した。 俺は、ありがたく受け取ると、ポンポンと髪の毛を拭いた。 春菜は濡れた前髪をかき上げながら言った。 「しばらく雨宿りだな」 俺は、その春菜の仕草に思わず見惚れた。 「あっ、ああ。まいったな……」 俺は、そうは言ったが、春菜と二人、このままずっといたいと思っていた。 俺の名前は、鷺宮 仁(さぎのみや じん)美映留高校(みえるこうこう)1年、サッカー部。 ポジションはMF。 生まれてこの方、スポーツと言えばサッカーしかやってこなかった根っからのサッカーバカ。 それなのに、やたらにガタイがいいので、周りからは、なぜサッカーなんだ? と不思議がられる。 とはいえ、俺の時間のすべてを注いだサッカー。 プレーには自信がある。 周りからは、次期司令塔と(もく)されているが、当たり前の結果と言える。 そして、俺の親友、五十嵐 春菜(いがらし はるな)。 俺と同じく、美映留高校1年、サッカー部。 ポジションはFW。 春菜という女のような名前からは想像もつかない、プロ顔負けの強烈なシュート放つ。 いわゆる天才肌だ。 そして、春菜を語る時、まず外せない特質。 それは、容姿端麗な完璧なイケメンという点だ。 サラサラの髪に、切れ長の目、通った鼻筋。 はにかむ笑顔は、見るものを虜にする。 それでいて、この手のイケメンにありがちな、人を見下すような態度をとることは一切ない。 だから当然ながら、男女問わず人気がある。 もちろん、俺も最初に声を掛けた時から、こいつとは上手くやっていけそうだと確信した。 片やイケメンストライカー、片やガタイが良いただのサッカーバカ。 そんな俺達だが、不思議と気が合う。 きっと、お互いにないものに惹かれ合ったのだろう。 プレースタイルもそうだし、きっと性格的なものにも……。 そんな俺が、春菜にハッキリと『愛』を意識したのは、そう、夏の合宿の時……。 夏のある日。 俺達一年生は、猛烈な暑さの中、朝から晩まで基礎練習をやらされ、ヘトヘトになっていた。 俺と春菜は、練習を終えると部室のベンチに座り込んだ。 「はぁ、はぁ、春菜、今日もキツかったな」 「ああ、やばかったよ。はぁ、はぁ」 膝がガクガク笑い、体中から汗が噴き出す。 俺は、バックからタオルと取り出そうとしたが入れ忘れた事に気が付いた。 「やばい、タオル忘れたぜ」 「ははは。仁、俺の予備のタオルを貸そうか?」 「マジで? サンキュー!」 春菜は、タオルを一枚、俺に放り投げた。 俺は、サッとキャッチする。 そして、汗を拭こうとして気が付いた。 なっ、これ。湿ってるじゃん。 使いかけかよ。春菜の奴め。しょうがねぇな……。 「おい、春菜。このタオル……」 えっ? 何だ、この匂い。 フワッといていい匂いがしやがる。 洗い立ての石けんの匂い?とは違う。 春菜の汗? いや、汗がこんなにいい匂いするか? ああ、でも何だか心が落ち着く。 ちょっと待て。それどころじゃない。 体の中が熱くジンジンしてくる……。 はぁ、はぁ。 なんだか、おかしい。 ピクン……。 なっ、俺のが勃ってきただと? なぜ……。 「なんだ? 仁。タオルが何だって?」 「あぁ、いや。た、た、タオルじゃねぇよ。たこ焼きだ。そうだ、帰りにたこ焼き食って帰ろうぜ」 「ぶっ! お前アホか。この暑い中、たこ焼きはないだろ。アイス食って帰ろうぜ」 「そっ、そうだな!」 「それにしたって、たこ焼きはないな! あははは」 楽しそうに笑う春菜。 まぶしい……。 春菜、お前の笑顔ってこんなにまぶしかったか? トクン……。 はっ? なんだ? いままで何も意識してなかったけど、改めて見ると、春菜。 お前、男のくせに、どうしてそんなに可愛いんだ……。 俺の中にズカズカと踏み込んでくる。 そして、ギュッと、俺の心をとらえて離さない。 そんな笑顔。 くそっ! なんだこれ……。 それから、春菜に芽生えた得体の知れない感情が、『愛』であることに気が付くまでさほど時間はかからなかった。 話は少し逸れる。 俺は、春菜に恋してから、情緒不安定になった。 男が男を好きになってしまったのだ。 それは、そうだろう。 自分は、おかしいのか? 変態か? 一体、俺はこれから春菜とどう接したらいいのか? 一人孤独の中にいた……。 そんなある日。 うちの高校に男同士の恋愛をサポートする謎の団体が存在することを知った。 それは、高校の内情を暴露する、いわゆるネットの裏掲示板の中。 当初、冷やかし半分でその掲示板を覗いた。 どこの筋肉が最高だとか、フェラをするならどの場所がいいとか、変態的なコメントが羅列されていた。 結局は面白半分かよ。 真面目に救いを求めてアホらしい。 そう思って俺は失望しかけた。 しかし、その変態的なコメントの中にも、俺の心を揺さぶるものがあった。 『本当の愛は見た目じゃない。心が繋がっていることだ』 『悩んだら、思った通りにやればいいだけだよ』 それは、誰かの体験談なのか先人たちの引用なのか。 たしかに、俺はその言葉で迷いが消えた。 そうか。 別に体を合わせるだけが愛じゃない。 そう思う気持ちこそが、俺と春菜を結び付けている見えない糸。 俺は、春菜をずっと思い続ける。それが愛なんだ。 俺は、そう気持ちの整理することができた。 誰だかわからない、そいつの言葉に救われたんだ……。 話を戻す。 今日は、春菜と自主練という事で、放課後、走り込みと筋トレをすることにした。 ここ、あじさい公園は急峻な階段の頂上に位置し、走り込みに持ってこいなのだ。 それに、今のシーズン、園内は閑散としていて、筋トレや柔軟に最適といえる。 しかし、今日は運が悪い。 一通りメニューをこなしたところで雨が降って来たのだ。 それで、春菜と俺は、園内の東屋で雨宿りをすることにしたのだ。 雨は、弱まるどころか少し強まった。 俺が春菜から借りたハンカチを返そうかと思っていたところで、春菜は唐突に言った。 「なぁ、仁。そろそろクリスマスだな?」 「ああ、そうだな」 「仁、イブは彼女とデートか?」 「彼女? ああ、そうだな。デートだな」 「へぇ、どっか行くのか?」 「えっと。そうだな。確か、中央駅のクリスマスツリーを見に行くかな」 「ほう、オレと同じだな」 「えっ?」 「オレも中央駅のツリー行くよ。ははは。まぁ、この辺じゃあそこぐらいしか行くところないもんな」 「確かにな」 俺に彼女なんているはずがない。 だから、彼女がいるっていうのはもちろん嘘だ。 ただ、以前、春菜に『彼女がいるか』って聞かれ、思わず『いる』って答えてしまったのだ。 春菜を好きな事を誤魔化すために、つい焦って言葉に出してしまった。 春菜は、『オレもいるからお互いに悩みを相談しよう』って笑って言った。 相談しようって言われたのは嬉しかったが、こいつに彼女がいるのが分かって正直落ち込んだ。 しばらく立ち直れなかった。 確かに、こんなイケメンに彼女がいない方がおかしい。それは、百も承知なんだが……。

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