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レンタル最終日
あれから、雪 さんと連絡がとれなくなっていた。
それはそうだろう。あんなことを言って愛想尽かされたってしょうがないのだ。
…きっと、もう二度と会ってくれない。
「そういやお前がDVしていたせつ?って男最近見ねえよな」
「そりゃ何年前の話だよ、バーカ。まあ確かに見ねえな。前までは、色んな男侍らせてこの街歩いてるって噂だったのによ」
「マジかよ、顔もキレイだから一度相手しほしかったわー」
ふと入ったゲイバーのカウンターで下品な話が耳に入ってきた。
なんだそれ
「あの男、だるいんだよな、早く帰ってこなきゃ浮気か?とかしつけえんだよ」
「うっわ、男のメンヘラとかまじイテえわ」
「だろ?だから俺もつい、こう殴っちまうっていうかよ」
俺はその二人組に近寄って、余所行きの表情を浮かべた。
「その話、詳しく聞かせてもらえないでしょうか」
力を込めた指先が痛かった。
*
路地裏でノびている男二人組は放置して、俺は走り出す。また俺の幻覚だろうか、雪が降り始めた。
あの二人のことはきっと大丈夫だろう。誰かが警察を呼んでくれるはずだ。この辺りは治安が悪いし、喧嘩で片付けてくれるはずだ。
そんなことより、俺は改めて己の愚かさを痛感した。
彼のことをなにも知らずにあんなことを言ってしまったのだ。
あの男二人は雪さんの核心をつくようなことは知らなかったが、それでも俺よりは知っていた。それがなにより悔しい。連絡のとれない彼に、せめて謝るだけでもさせてほしかった。
どんなに電話を鳴らしてもでも相手に、舌打ちをする。
前に一度だけ教えてもらった彼の家へと足を運ぶ。家賃が安そうなところに住んでいるんだなあ…なんて思いながら、郵便ポストを確認するとそこには三日、四日分ほどの新聞が溜まっている。
嫌な予感がして、玄関を何度もノックした。
「せつさん!せつさん!俺です!ゆきです!開けてください!」
応答のない、無機質な扉に歯ぎしりをする。
いやだ、まだあなたに俺は伝えていないことがあるんだ。
「せつさん!あけますよ!」
あとで弁償します!ごめんなさい!
俺の力ならば開けられる、そう思ったのと同時に玄関の扉を蹴破った。開いた扉から雪さんの部屋 へと入っていく。
寝室であろう部屋へと向かっていくと、途中にはやけ酒をしたのだろうか、酒の空き瓶や缶が転がっていた。
「せつさん!」
ベッドの上で青白く倒れている雪さんに、駆け寄った。自然と涙がでてきて、彼の身体に縋りついた。
「せつさん、せつさん!ごめんなさい!起きて!起きてよ!」
「…ゆきくん…?」
俺の酷い泣き顔が面白かったのか、力なく笑った雪さんを見て、彼を思い切り抱きしめた。
「ゆきくん…お風呂…入りたい…」
俺を見つめる彼の目には、曇りがなく一切の闇を感じさせない綺麗な瞳があるのみだった。
「ぐすっ…へ…?」
*
42度という俺にとっては少し熱めのお湯に浸る。雪が降る中走り回った身体によく染みる。雪さんの長い足に挟まるような形で二人で浴槽に入る。さすがに男二人では狭いが、肌と肌が密着したこの状況に喜んでいる自分がいる。
「見てほしんだ、これを」
後から俺の顔を覗き込むようにして雪さんは、自身の腕を見せた。
そこには、俺と同じような自傷の跡があった。
「俺も、結季くんと変わらない。君のことを見下すようなことを言っておいて、結局自分と君を重ねていただけだったんだ。
君と最初にデートしたあの日に言ったあの言葉だって、君と過去の自分が同じに見えて腹が立ったんだ。君のためじゃない、俺のためだ。」
「それでも、俺は救われました」
首を横に降る気配がする。
「君を助けることで、自分が助かるんじゃないかって思っただけだよきっと」
「それでもあなたは、俺を生かした。
ぞれに、雪さん、これを見てください」
彼の真似をするように、俺もまた彼の腕の上に自身の腕を重ねた。
「これは…また豪快にやったね」
以前にも増して、増えた自傷の跡を見せつける。彼の傷口と俺の傷口を重ねるようにすると、ピリリと少し電気が走った。
「俺、あなたがいないとダメなんです。
…メンヘラだって言われてもいい。めんどくさいって言われたっていい。この性格が治せるかだってわかりません。それでも、
…最後まで責任、ちゃんととってください」
無理矢理、後ろを振り返り身体と身体を対面するように座り直す。
すると、雪さんが俺の太股をなぞって目と目を合わせた。
「…俺と、おそろいだね」
額から瞼、鼻、頬、唇、首筋とキスを落とされる。
この幸福は、俺の物だ。
「雪、やみましたね」
窓も見ないで、そう言った俺に雪さんは、瞬きを一回、二回してから肯定した。
「もう今年の冬で最後かな」
*
「雪さん…あのあたってるんですけど」
「んー?あててるんだよ」
「すけべ」
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