6 / 7

過去の話をしようか

家に帰れば、机の上に千円札が置いてある。 帰ってきても、誰もいない広い広い家。 小学生の時は、まだ母のラップで包まれた手料理が机の上に置いてあった。 中学生になるとそれがコンビニの菓子パンが大量に置いてあった。 高校生に上がると、もはやそれもなく毎日一枚の紙切れを一瞥して、家族との関係の希薄さに寂しいと思うこともしなかった。 寂しい、寂しい、寂しい 寂しいってなんだろう。暇を紛らわせるために、有り余った小遣いを夜の繁華街で消費した。羽振りの良いガキに群がる大人。 自分の恋愛対象が男だとわかってからは、それよりも酷く遊び歩くようになったのだ。 当時、付き合っていた男は酷いDV男でそれから自分の『かまってほしい』だとか『大切にしてほしい』とかいう気持ちに拍車が掛かった気がする。 その頃から、確実に自傷行為が増えたのだから、きっとそうだ。 好きがわからなかった。愛ってなんだ。 暴力を奮われ、抱きしめられ『お前を愛しているから、こういうことをするんだ』と耳元で言われた日、俺は初めて相手を殴ったのだ。 だって、お前の『愛』はこれならば、俺も同じものを返さなきゃね 俺はまた一人になった。 いつごろだっただろうか、天気予報にはない雪が降り始めたのだ。 それも、自分の周りだけ。 大学のゼミ仲間に「今日って雪の予報だっけ」とそれとなく聞いてみると「いや、今日晴れだけど?」なんて返されてしまった。 大学にいれば、女も男も寄ってくる。雪の量は減った。 一人の部屋に帰ると、雪は増え、積り、いずれ息ができなくなってしまうのではないかと不安になったものである。 不安になったところで、自分の腕と太股に残る自傷の跡はどんどん増えていくというのに、おかしな話だ。 馬鹿らしくなった。全部を投げ出してしまおうと思ったのだ。 浴槽にお湯を貯めて、カッターを持って入水した。温かい湯気に身を包みながら丁寧に林檎の皮を向くように腕の血管に刃物を刺した。だらだらと流れる血が、俺が生きた証だ。 どんどんと降り積もる雪に、身体が冷えていく。 別に、俺は『死にたい』と他人に言って助けてもらいたい訳じゃない。 本当にいなくなりたいだけなんだ。そのはずなんだよ。 もし俺が物語の脇役で、その主人公が優しくて人を魅了するような人物だったら、この赤く染まった手を取って救ってくれたのかな… 今頃そんな希望を訴えたところで、誰も助けてくれるはずがない。なぜならお前は、声を上げることすらしなかったから。 いまさら、という四文字が俺を蝕んでいく。 「せつ、お前はかわいそうなやつだよ」 浴槽に響いたその声は、雪に塗れてお湯に溶けた。

ともだちにシェアしよう!