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俺の話をしようか

バイトから帰り、携帯を確認せずに夕食を惰性で食べ風呂に入る。 ラストの客がなかなか帰らず、やっと帰れたと思ったら日付を跨いでいた。こんな日は長風呂をするに限る。 前のバイトはゲイ専門のサービス業、『レンタル彼氏』というものをやっていた。 なかなか時給はいいし、飯も奢ってくれることの方が多かった。決まりとして、枕はダメだったしやってる同業者もいたみたいだけど、俺は面倒臭くてしなかった。 今は、大学四回生ということもあって週に数回ある授業にでて、空いている時間は飲食店でアルバイトをしている。 風呂から上がって、一息ついて携帯を見るとメッセージアプリから通知が四件。 その内容を見て、着ていたトレーナーの上から上着を羽織り、アパートの外にでる。 『今から行くから待ってて』 その一文だけ返せば、すぐに既読がついた。 返信はこないが、そのメッセージの受信主が何を考えているかなんておおよそ検討がつく。 大通りまで出てタクシーを呼び止め、行先を簡単に伝えた。 今頃、自己嫌悪に陥って半泣きだったのであろう愛しの彼に早く会いたいと願う。 * 彼が一人暮らしをしているアパートに着いて、急いでインターホンを押した。 ゆっくりと扉が開いて、中からそろりと顔を覗かせる青髪の彼。顔が見えた瞬間に安堵と愛しさがこみ上げて扉を少しばかり強引に開け、玄関へと押し入り彼を抱きしめた。 「結季(ゆき)くん…」 時計の針はもう深夜の三時を指していた。こんな時間に押しかけて迷惑だとかそういう常識は全部抜けていたことに気が付いた。 「…ごめん、こんな時間に…」 「大丈夫です、(ゆき)さん…会いたかった…」 「…入ってもいいかな」 俺のその言葉に、結季はかわいらしくクシャリと笑うと、もう入ってるじゃないですかと言って俺の手を引っ張った。 初めて入った彼の部屋は、男の一人暮らしにしては綺麗で片付いていた。温かいコーヒーはインスタントの癖にやけに美味しく感じる。 「どうしてそんなに急いで来てくれたんですか…?」 ワンルームの少し狭い部屋には、座るとことが少ない。床に腰を降ろした俺とは違い、ベッドに座り俺を見下ろす結季の無防備な首筋に目が行った。 「…怒らない?」 「理由によります」 自分があれだけ必死になってしまった理由がどうにも自分本位すぎていう気にはなれない。きっと、普通の恋人は『会いたかったから』だとかそんな口の上手いことを言って相手を喜ばせるのだろう。 「結季くんが…」 「はい」 「いなくなってしまう気がして…」 八畳の狭い部屋に沈黙が蔓延った。もう見えなくなった雪がひとつ、重力に逆らうことなく落ちていく。 「…それは俺が、面倒臭いことばかり言っているからですか。 あの日と何も変わらず、あなたに下らない妄言を吐いているからですか」 「それは違う」 「どう違うんですか、あの日だって雪さんは俺の全部を否定したじゃないですか…!」 「それは、ああでも言わないと君は死んでいただろう…!」 「俺を勝手に『かわいそうな人』にカテゴライズして、悦に浸らないで!」 結季は、そう叫んだ後に俺の顔を見て『やってしまった』という表情をする。 視線が下を向く。結季の頭上に雪が降っているのは気のせいだろうか。 「…ごめんなさい……」 その台詞の矢印が誰に向いているものなのか、俺には理解ができなかった。 気が付いたら、俺は家に帰ってきていて久しぶりに見る悲し気に降る雪に絶望した。 俺はまた、あの時から何一つ変わることができていなかった。 寒くて狭いあの浴槽でひとり、雪の中で血を流して死を待っていたあの時を思い出す。 結局自分は、彼を愛することで自分の傷を癒したかっただけではないのか。彼のために、行動したのか、俺にはわからなくなってしまった。 窓の外から見える空は、白んでいた。

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