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ふたりの始まり。(1)
小学生の頃、一番の仲の良かった友人が読書好きな子だった。毎日違う本が鞄には入っていたし、家に遊びに行けば流行のゲームは一つもなく、部屋には大きな本棚があるだけだった。そこには薄めの本から厚い本まで、とにかくたくさんの本が詰まっていた。
「今日はこの本を君に紹介してあげる」と、彼は楽しそうに笑い、俺の目の前でよく本を広げていた。けれど俺は、教科書に載っている話を読むことさえ苦手だったし、それまで本の世界に興味を持ったこともなかったから。一体そんな分厚い紙の塊なんか何が面白いんだ、とせっかく紹介してくれている彼の話をきちんと聞くことはなかった。
ただ、幸せそうに本に向かう彼を見るのは好きで、ふせられた目を、時々揺れる長い睫毛を、話を聞いている振りをしながらぼんやりと見つめていた。
そんな俺が本に興味を持ったのは、小学校高学年の頃。彼の転校が決まってからだった。突然、一週間後には引っ越しをすると告げられ、彼の目の前で座り込んで大泣きをしたのを今でもはっきりと覚えている。
彼との思い出は、本の世界について語る彼を見ていたことしかなく、それは他人から見ればけして楽しくも面白くもない思い出だろう。それでも俺にとっては、その思い出はかけがえのないものであったし、それを思い出として振り返る時にはいつも、彼が側にいるものだと思っていたんだ。
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